闇の精霊、マカロンさん?
騒がしいふたりがいなくなって、わたしはホッとひと息ついた。でも、背後に誰かがいる気配。さっき紹介された闇の精霊さんかなぁ?
振り向いてみると、クッキーくんと同じく三歳児くらいの男の子?がソファに座っていた。いかにも「子ども〜!」って感じのクッキーくんとは正反対の、黒い髪、黒い瞳のおとなしい子だ。
っていうか、見た目が子どもなだけで、精霊なんだからぜんぜん年齢関係ないなこれ?
「あの、グニ……グ…、えっと……?」
「グルニムエマ・カロンだ。好きに呼べ」
「じゃあ、マカロンくんでいい?」
「……くん、はやめてほしいのだが」
「なら、マカロンさん」
「では、それで。私もアスナと呼ばせていただこう。ここへ来たのは、ひとつ、お前に伝えなくてはならないことがあるからだ」
「ひとつだけ?」
「私の話の後なら、どんな疑問にも答えよう」
そのひとことで、わたしはソファに座ることにした。目の前に、クッキーの載ったお皿を用意する。温かいお茶はないけど、冷えた容器に入った牛乳とか、レモン水ならあるよ。
「いや、けっこうだ」
そう言いつつ、マカロンさんの目はお菓子皿に釘付けだけどね。遠慮することないのに。わたしはお皿からチョコチップクッキーを一枚つまんで食べた。
「アスナ、お前はもうすぐ、重大な選択を迫られるだろう。時間は限られている、進みたい道を今から考えておくことを勧める」
「…………」
「…………」
「……それだけ?」
「ああ」
「どんな選択を迫られるの、わたし」
「…………」
「クッキーくんに聞こうかな。アイスくんに関係のあることなんだろうし」
「わかった、答える」
よし! わたしの勝ち!
「精霊さんも大変なんだね〜。クッキー食べる?」
「あまり肩入れしないようにしなければならないのでな……。アスナに意地悪をしたいわけではない」
「うん。でも、クッキーくんは……」
「そうだ。すでに、肩入れしすぎている」
やっぱり?
「人間は、生命は元々クォンペントゥスの持ち物……もとい、彼の庭で飼っている愛玩動物だ。手出しは良くない」
「ちょ」
今すごいこと言ったな、このひと!
「このままではルキックは、己の本分を忘れて精霊ではいられなくなってしまう。それはよろしくない。シャリアディースのような存在になっても困る」
「待って待って!」
「?」
「あの〜、さっきから初耳なことばかりで、しかもめちゃくちゃ重要そうなんだけど! っていうか、そういう大事なことはもっと早く言ってよ……」
「人間の基準はわからん。……これ、美味いな」
「美味しいよね、ピスタチオ。気に入ったの? もっと食べて」
「うむ」
「ひとまず、アイスくんにはクッキーくんのこと伝えて、あんまり頼りすぎないように言うべきだよ。他の精霊たちもアイスくんには力を貸してるよね? そのひとたちは大丈夫なの?」
マカロンさんはもぐもぐしながら頷いた。
……喉につまらせないようにね?
「だったら、クッキーくんにだけじゃなく、まんべんなく頼ればいい話なんじゃないの? 特別扱いがダメなんだったらさ」
「……まんべんなく、か。なるほど。そういうやり方もあるのか」
「そもそも、精霊の目から見たら、人間の一生なんてわからないうちに過ぎちゃうんじゃない? ソーダさんはそう言ってた。あんまり気にしすぎなくてもいいと思うけど」
「そんなアホは風の精霊だけだ」
「あちゃ〜〜」
同じ精霊であるマカロンさんに言われてるって、それはダメダメのダメって意味じゃん、ソーダさん!
「人間がコンちゃんのペットっていう話と、クッキーくんが精霊を落ちこぼれそうって話と、そうなったらシャリさんみたいになっちゃって厄介だねっていう話は〜〜、置いといて〜〜。わたしのしなくちゃならない選択について、教えてもらってもいい?」
色々と気になるけど、まずはそこでしょ!
あんまり時間もないみたいだしね。
「アスナ、お前は自分のことをどんな存在だと思っている?」
へ?
なに、その、あれ? どうしてこうなった?
「答えろ、アスナ。お前は自分のことをどれだけ知っている?」
「それは……」
どうしよう、そんなこと、考えたこともなかったや!
わたしはただ、親や先生に言われるままに高校受験して、女子高生になって、友達と勉強したり遊んだり……。お菓子作りが好きで、本を読むのはあんまり得意じゃなくて、将来の夢とかは考えてなくて。漠然と、大学を出て就職して、結婚して、子どもを育てるのかなぁって。
どんな存在って言われても、困るよ。
どれだけ知ってるって聞かれても、わたしは、わたしのことなんて、考えてこなかったもん……。
「アスナ、異世界からやってきた少女よ。お前はクリエムハルトによって印をつけられた」
「えっ」
「そして、シャリアディースの開けた穴に落とされたのだ。この世界にやってきたお前の、その魔力の大きさに、世界は震えた。アスナ、お前は精霊になる」
「……はい?」
「お前の魔力が満ちたとき、お前はこの世界の頂点に立つんだ」
わたしは慌ててステータスを確認した。
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【名前】久坂 明日菜
【性別】女
【年齢】17
【所属】ギースレイヴン
【職業】奴隷
【適性】※※※
【技能】お菓子づくり
【属性】ツッコミ
【魔力】35/100(%)
【備考】シャリアディースによって連れてこられた・クリエムハルトの奴隷
☆ ☆
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ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜!?
魔力がめちゃくちゃ回復してる! 5パーセントから35パーセントにアップしてる!
このペースで回復したら、そりゃあ確かに猶予がない!
「待って、ちょっと、困る! 精霊になんかなりたくないよぉ!」
「クォンペントゥスはお前を花嫁に迎えようとしているし、ルキック・キークはお前をアイスシュークの花嫁にしようとしている。……シャリアディースは、オースティアンのためにお前を欲しがっているのだったか? この三者のせめぎあいによって、今、世界の均衡が崩れようとしているのだ」
「わたしの意思を無視して、わたしで綱引きすんのやめてくれません?」
マカロンさんは「そんなこと私に言われてもな」という顔をして笑った。シリアスに決めても、ほっぺにクッキーの欠片が付いてるよ!




