ルート分岐 2
先生のおうちから帰ってきたんだけど、寮にキャンディはいなかった。蜂蜜くんもゼリーさんたちについて行っちゃったから、今日の夜はひとりだね。ちょっと、寂しいな。
キャラメルとチョコの部屋に遊びに行って、夕飯とお風呂までつきあってもらった。明日の朝は早いから、支度をしてすぐに寝ることにする。泊りがけになることも考えて、リュックサックにいっぱい物を詰め込む。日記帳も、やっぱり入れておこうかな。
準備をバッチリ整えて、ベッドに入った。ちゃんと寝ておかないと、明日は朝からきっと大変だ。
……でも、わたしは朝が来る前に目を覚ますことになってしまった。
ささやき声で起こされたとき、部屋の中はまだ暗かった。誰かがわたしの頬っぺたを触っている。……誰?
「アスナさん……」
「!」
完全に覚醒した。誰かがわたしのベッドを覗き込んでいる!
声を上げようとした口を塞がれた。わたしは慌てて枕元のスマホ、ううん、違う、伝書機に手を伸ばす。でも、魔力を込めて飛ばす前に不審者の手で弾き飛ばされてしまった。
「んんんんん〜〜〜〜!」
「シッ、アスナさん、静かにして。僕だよ、わかる?」
アイスくん?
どうしてここに!?
わたしはなおさら暴れた。アイスくんの押さえる力がさらに強くなった。どうにか体をよじって逃げようとするのを、アイスくんはわたしの左手首を掴んで邪魔をする。わたしは右手でアイスくんを叩いた。
「ん! んぐ!」
「暴れないで。迎えに来たんだ、もう、大丈夫だから」
「んん〜〜〜!」
大丈夫なわけない!
どうやって二階の窓を開けて入ってきたのか知らないけど、迎えなんて冗談じゃない。もう二度と、あんな国には行きたくない!
こんな日に限って、蜂蜜くんはいない……伝書機もどこかへ行ってしまった。どうしよう……怖い……! このまま、またギースレイヴンに連れて行かれちゃうの!?
アイスくんはベッドの中まで乗り込んできて、体ごとわたしの上にのしかかってきた。押し潰されて痛い。だんだん、身動きが取れなくなっていく……。それでわたしが諦めたと思ったのか、アイスくんはわたしの顔の横に自分の顔をぴったりくっつけてきた。わたしは咄嗟に顔を逸した。
「んっ!」
「アスナさん……泣かないで」
耳元に息がかかる。わたしは首を横に振った。泣かないで、なんて、そんなの無理! こんなことされて、平気なわけないもん!
もう抵抗する力もなくなっていて、わたしはただ泣くことしかできなかった。押しても、体をよじっても、自由になれないんだもん。わたしは自分の顔を枕に押しつけて、必死で唇を守った。
「お願いだから、話を聞いて。僕は、貴女を助けに来たんだよ。僕と一緒に来て……」
わたしは首を横に振った。
こんなことまでして、信じらんない!
「アスナさん、行こう。ほら、お願いだから……」
「いや!」
「静かにして」
「んん〜!」
わたしは体をギュッと固くして、連れて行かれないようにした。アイスくんはわたしの手を引っ張って、アイスくん自身の顔に当てた。指先に唇が触れる。
何のつもり!?
手を引っ込めようとしても、すごい力で引き寄せられる。わたしの指先は、彼の顎に触れて、そして、首に触れた。
あ、れ……? 首輪が、ない?
「わかる? もう、僕はあの王子の言いなりなんかじゃない」
「どうしたの……? 傷だらけだよ……」
わたしは、目を開いてアイスくんを見た。もう塞がっているけど、刃物がかすったような傷がたくさんついていた。アイスくんが泣きそうに笑う。真っ赤な瞳が、それ自体が光っているみたいにキラキラしていた。
わたしはアイスくんの首筋を撫でてみた。あの頑丈そうな首輪が外れたアイスくんの首は、すごく細い。それに、月明かりに照らされた肌は白すぎて、とても顔色が悪かった。目の下の隈は消えていないし、酷くなっている気がする。わたしの手首を掴んでいるアイスくんの手は、とても震えていた。
「助けに、来たんだ……。もう、誰にも貴女を利用させたりしない、辛い目にあわせたりなんかしない。僕が守るから……。ずっとずっと、貴女を守るから……」
アイスくんがギュッとわたしに抱きついてきた。
わたしは……
▶その体を押し返した……。
▷アイスくんの背中に手を回して、抱きしめ返した。
わたしは、その体を押し返した。
アイスくんは一瞬、体を強張らせて、それからわたしの上からどいてくれた。それでも、押し倒されてる格好に変わりはなかったけど、密着していた状態から解放されて、わたしはホッとした。
「どうして……?」
「それを聞きたいのは、わたしのほうだよ。どうしてこんなことしたの? すっごく怖かった! いきなり部屋に入ってきて、口を塞いで……何のつもりなの」
「僕は……僕はただ、アスナさんのことを助けようとして……」
「何から助けようとしてくれてるわけ? ねえ、いい加減、そこどいてくれる? せめて座って話そうよ」
アイスくんはベッドを下りて、わたしの手を引いて、立たせてくれた。部屋の中に立ってわかったんだけど、アイスくん土足じゃん! もう、しょうがないなぁ。
「…………貴女も、利用されてるんだ。こんなところに、閉じ込められて」
「えっ?」
「もう、大丈夫だから。すぐに、自由にしてあげる」
「ひゃっ!?」
わたしはアイスくんに抱き上げられていた。こんな細い体のいったいどこにそんな力があるの?
「やだっ、下ろして!」
「見て、アスナさん。夜の闇の中でだけ、光の道が作れるんだよ。さぁ、一緒に行こう。新しい場所でやり直すんだ」
「やだぁっ!」
アイスくんはわたしを抱いたまま、窓の外へ足を踏み出した。高い! 怖くて動けなくなっちゃう……。でも、このままだとどこへ連れて行かれるのかわからない。
わたしは、思い切ってアイスくんの腕から飛び出した。
「アスナさん!」
落ちる!
わたしはギュッと目をつぶった。




