やだ、ドーナツさん大丈夫?
「本当に行くんですか? アスナさん」
「行かないでどうすんのよ。いいから、蜜はお留守番してて。ちゃんと魔力球に触っとくんだよ?」
「へいへ〜い」
まったく、返事が不真面目なんだから!
朝ごはんをしっかり食べて、わたしはキャンディと一緒に馬車でお城へ向かった。
「アスナ、昨日一晩考えたのだけど。私、どうやら知らなかったことがたくさんあるみたい。今まで、お父様は私を信頼してくれてると信じていたのよ。他の国民には知らされていないことも、私には教えてくれていたと」
「うん」
それは間違いないと思う。
アガレットさんは、キャンディを信じてたから色々と秘密を教えてくれたんだと思うよ。
「でもそれは、すべてじゃなかった。結局、知られても良かったことしか話してくださらなかったのよ! ひどい裏切りだわ……私は、私は! お父様のお役に立つために、頑張ってきたのに!」
「キャンディ」
「それなのに……! お父様は私に小さな秘密を打ち明けた。子どもの私は喜んで、それを宝物みたいにしまい込んだ。それを見て、どんなにか楽しかったでしょうよね。きっと、陰で笑っていたんだわ……! 私のことを、馬鹿な子だって……!」
握りしめられた手に、ポタポタと涙の雫が落ちていった。
やだ、わたしまで涙が出そう。
悔しかったんだね、キャンディ。アガレットさんの手助けをしたかった、役に立ちたかったんだね。でも、実際には、アガレットさんはキャンディの助けを求めてなかった。
「待ってよキャンディ。アガレットさんはホントにそんなひとなの? 秘密がいっぱいあったことがショックなのはわかるよ? でも、だからこそ冷静になったほうがいいよ。今言ったことのぜんぶが本心じゃないでしょ?」
「アスナ……」
「一度、お父さんと話したほうがいいよ。ね? ほら、ぎゅーってしてあげるからさ」
「うう〜〜〜っ、アスナぁ!」
「キャンディ〜、よしよし」
「ずっと私の側にいて!」
「いや〜、ハッハッハ」
それはちょっと無理かな。
でも、離れがたくなってるのは本当だよ。
わたしたちはお城につくまでお互いの肩にもたれかかって、手を繋いでいた。だから、お城について馬車のドアが開いたとき、わたしたちを見たアガレットさんが目を丸くしちゃってた。
「アガレットさん、おはようございます」
「おはよう、アスナくん。わざわざありがとうね、今日はよろしく頼むよ。キャンディス、おはよう」
「………………」
アガレットさんの声かけに、ツーンと横を向くキャンディ。あ〜あ、これはヘソを曲げてますねぇ!
「キャ、キャンディス……。いったい、どうしたんだい?」
意地でも答えないっていう執念を感じる……! 心なしかアガレットさんの疲労の度合いが深まった気がした。
「アガレットさん、昨日、寝られました? 何か、そういうのって回復させる魔法とかないんですか? ……あ、ないんですね」
アガレットさんの表情からすべてを察したわたしだった。お疲れさまです、本当に。
わたしたちが中へ入ろうとしていたとき、フラフラっとこちらに歩いてくる人影を見つけた。
「オルさん……?」
ゆっくりと顔を上げたドーナツさんの目は、いつもと違ってすごくギラギラしていて、わたしは自分から声をかけたくせにビクッとしてしまった。
全体的にヨレヨレで、いつもの緑のマントも埃っぽい。髪の毛も……。何があったんだろう。
「どうしたの? 何があったの?」
「アスナ……!」
「きゃっ!?」
ドーナツさんがいきなりわたしの両肩を掴んできた。かなり力が強い。痛くて、びっくりして、叫んでしまった。でも、ドーナツさんはそんなわたしの様子が目に入ってないみたいだった。
「陛下はっ!? 陛下はどこだっ!? 宰相閣下は? アスナなら、何か……何か聞いてないかっ?」
「やめなさい、オールィド! アスナくんは無関係だ。その手を離しなさい」
アガレットさんがドーナツさんとの間に割り込んできて、わたしを解放させた。
「すまない……」
ドーナツさん、すごく必死だ……。今にも泣きそうな顔で、わたしに謝ってきた。
「ううん、大丈夫。平気。オルさんこそ、大丈夫?」
「陛下が、いなくなっちまったんだ……。守るって、決めたのに……! オレがモタモタしてて、近衛騎士になれてなかったから! お側にいられなかったから!」
「オールィド、下がりなさい。帰って、もう休むんだ」
「嫌だ! オレは、陛下を……探…す……」
「オルさん!」
ガクンとオルさんの体が揺れて、ゆっくり前のめりに倒れてきた。なんか、気絶しちゃったみたい! それをアガレットさんが支えた。良かった、倒れなくて。
門番さんたちが駆け寄ってきたから、アガレットさんはそこでバトンタッチ。医務室へ運ぶように指示を出した。
「オルさん、大丈夫かなぁ」
「いきなり倒れるなんて、心配ですわね」
「きっと朝まで馬を駆ってて、その疲れが出たんだろう。心配ないよ」
「朝までっ!?」
えっ、それって普通にビックリじゃない?
「居ても立っても居られないみたいだから、伝令を任せたんだよ。行った先で聞き込みもしてこいって言ってね。まさかもう戻ってくるなんて、よほど必死だったんだろう。なぁに、しっかり寝ればすぐに回復するはずさ、若いんだもの」
「お父様はもう若くありませんものね」
「うぐ……」
「ちょ、ちょっとキャンディってば……」
アガレットさんうつむいちゃったじゃん!
かわいそ〜〜。娘にそんなこと言われたら、ショックに決まってる! 意地悪しちゃダメだよ〜〜。
キャンディのツンツン状態は、まだしばらく続きそうだった。




