オオゴトになってきた?
「どういう、ことなの……!」
わたしは震える体を抱きしめていた。
結界が、突然消えてしまった。シャリさんの身に何かあったのかもしれない!
「わたしは、お城に向かう。早く結界を張り直さないと、戦争になっちゃう! ソーダさんお願い、力を貸して。ゼリーさ……ジェロニモさん、さっきの撤回させてほしいの、ごめんなさい。こっちを先に解決しないと!」
「私は構わないよ」
「ありがとう、ソーダさん!」
「……俺も行こう」
「いいの!?」
ちょっと不安だったんだよね〜!
ゼリーさんが来てくれるなら、心強いよ!
そんなわたしを見て、ゼリーさんは苦笑いを浮かべた。
おやおや〜? さっきから見たことない表情ばっかり見せてくれるじゃな〜い?
「アスナが、謝ることじゃない。むしろこの国のことなんだ、俺たちが率先して動くべきなのに……」
「いいのいいの。知ってしまったら、動かずにはいられないもん」
いけない、そんなことより急がなきゃだね。
城に行くのは今ここにいるわたしとゼリーさん、ソーダさんとコンちゃんっていうメンバーになりそう。エクレア先生を探しに行くのも説得するのも、時間がかかりそうだから。
「じゃあ、さっそく出発しよっか」
「アスナ、結界にはならないけど、代わりのものでよければ準備しようか?」
「えっ、ソーダさん、そんなことできるの?」
「ただの目くらましだけど、ないよりはいいかと思う。あの規模の結界を張り直すのには、時間がかかる。完全に消えてるからね」
「じゃあ、お願い!」
目くらましでも何でもいい、とにかくそこに「何か」あるぞって思わせないと、ギースレイヴンが攻めてきちゃうから。わたしは結局、あそこで作られてた兵器を見ることはなかった。でも、シャリアディースの言ってた感じから、嫌な予感がビンビンするんだもん。
ソーダさんが真上に手を上げると、風が巻き起こった。魔力を帯びた風はシャボン玉みたいに丸く広がっていって、結界みたいに空を覆った。
「わ〜、すご〜い!」
「遠くからなら、同じ物に見えると思うよ。魔力を逃さないためにもあったほうがいいね」
「そうね。ほとんど、もう、どこか行っちゃったけど……」
そう、結界がなくなっちゃったせいで魔力は逃げてしまったのだ。冬の朝に空気を入れ替えるために窓を開けたときみたいに。だから、早く魔工機械を止めないといけない。そのためにはお城に行かなくちゃ。
「行きましょ」
「うん」
「ああ」
わたしたちはソーダさんの指示に従って、手を繋ぐことにした。コンちゃんが地面を通して一瞬で他の場所へ行けるように、ソーダさんも空気を通して移動できる。
「閉じられた空間には行けないけどね。だから、ずっとここへは来られなかった」
「コンちゃんに頼めばよかったのに」
「ジェロニモの様子を知りたがっていたのは、私ではなく、彼の家族だよ。その願いを私は叶えられなかった。クォンペントゥスに願いを叶えてほしいなら、彼らがクォンペントゥスに出会わなければいけなかったんだ。それが精霊と人間の在り方だから」
「……つまり、ゼリーさんの家族はコンちゃんに会えなかったんだ」
「そうだよ」
ん〜〜、なんか、面倒くさいなぁ。
ソーダさんがコンちゃんに頼んでくれればいいのに。
「ねぇ、アスナ。先に言っておくけれど、精霊はお願いされたことにしか応えられないからね? 私は、ちょっとズルして自分からできることを言うし、こうしてほしい? って聞き方をするけど、それはあんまり良くないんだよ。ジフなんかはキッチリしてて、言葉にされるまでは動かない。雰囲気で察して返事なしに行動もしないし。本当は、その方がいいんだ」
ジフさんって、きっとわたしがまだ知らない精霊の名前だよね。こういう、お願いごとを叶えてもらうときの条件みたいなものを、精霊本人から聞くことになるとは思わなかったけど、すっごくタメになる!
ソーダさんがこうしてわたしたちにアドバイスするのも、きっと反則スレスレなんだろうなぁ。だからきっと、今しか伝えられないと思って言ってくれたんじゃないかな?
応援してもらえてると思うと、嬉しいね。
わたしはソーダさんに向かってしっかり頷いてみせた。
「そっかぁ。ありがとう、ソーダさん。わたし、気をつけるね」
ソーダさんも笑って頷いてくれた。
「最後にひとつだけ聞かせて。ソーダさんは、どうしてここまで、わたしたちに良くしてくれるの?」
「それは……」
ソーダさんの視線が、ゼリーさんの方を向いた。
「長く一緒にいたからね。情がわいたのかな。……さぁ、お城だよ。私たちはここまでだ」
「ありがとう、ソーダさん、コンちゃん!」
「風の精霊、ソダール様。大地の精霊、クォンペントゥス様。ご助力をいただいたこと、心より感謝申し上げます」
「ジェロニモは固いなぁ。昔みたいに、お兄ちゃんでいいのに。……頑張っておいで」
「はい」
ソーダさんは手を振って、コンちゃんはスカートに鼻を押しつけて見送ってくれた。わたしとゼリーさんは、いざお城へ。シャリさん、どうしちゃったんだろうね?
「あの宰相のことだ、死ぬはずはない……」
「何か、契約しちゃったの? シャリアディースと」
「…………わかるのか」
「わかんないけど。わたしに、シャリアディースとは契約するなって言ってくれたひとがいたの。そのひとは、シャリアディースの命令に逆らえないんだって。大切なものを、守るために……」
蜂蜜くんの大切なものは、まず命だった。
ゼリーさんの場合は何だろう。
十二年前、家族と離れ離れになってしまったゼリーさん。
エクレア先生とカーリー先生の幼馴染のゼリーさん。
深く詮索するつもりはないけど、いつか、結界の外にある村に連れて行ってほしい。そこに、シャリアディースにまだ消されてないこの国の歴史があるなら、帰るためのヒントもあるかもしれないから。
「今は何も聞かないから、いつか教えてくれる? わたしが帰るための方法とかも、ゼリーさんの家族に聞いてみたいから」
「そう、だな……。この件が、終わったら」
「約束?」
「ああ、わかった。約束だ」
ゼリーさんは、ニッと口角を上げて笑うと、わたしの手を取った。そして、歩き出した。




