おおっと、人違い?
寮に戻ってすぐ、わたしはキャンディの部屋に通された。食堂に行ったら今まさに夕飯の準備中で入れなかったから。キャンディの部屋はなんと、ひとり部屋だった。いいなぁ。
「手狭で申し訳ありませんけど、座って待っていてくださいな。すぐにお湯を沸かしますから」
「えっ、わたし同じくらいの部屋を蜜とふたりで使ってるんだけど?」
「あら、ごめんなさい。実家にいたときとは比べ物にならない狭さだったものですから」
「わたしの実家の部屋はここより狭かったんですけど?」
喧嘩売ってんのか。
「ほ。ほほほ。……ええと、アスナ、お砂糖とミルクは?」
「いります!」
キャンディは変な笑いで誤魔化して、紅茶に何を入れるか聞いてきた。
そりゃあね、生粋のお嬢様であるキャンディと、ふつーの家の子であるわたしの境遇を比べたってしょうがないってわかってるけどさぁ~。わかってるけど~~! ほんのちょっと気になるじゃありませんかよ。
「それで、向こうの様子はどうでしたの?」
「……うん。酷かったよ」
キャンディが鋭く息を吸う音が聞こえた。
そして、遅れてため息が。
キャンディもギースレイヴンが平和だとは思っていなかったはず。でも、聞く覚悟ができたみたい。何も言わずにわたしを見て、言葉の続きを待っている。
「土地がね、すごく荒れてた。あそこで暮らしてるひとたちは、すっごく小さい子以外はみんな、奴隷の首輪をつけてたよ。空気も悪くってね……」
「そう」
「王子がいてね、あの土地を仕切ってるみたい。わたしの血と、心臓を使って、土地の魔力を回復させるって言ってるんだってさ……」
「アスナ」
「大丈夫! わたしは平気……!」
今さらながら体が震えてくるのを、わたしは自分の腕をギュッと掴むことで抑えようとした。
「アスナ、無理しないで。よく、帰ってきてくれたわね……もう強がらなくてもいいのよ。もう、安全なんだから」
「キャンディ!」
わたしの横に座って、わたしの手に掌を重ねて、優しい声でキャンディが言う。サラサラとした髪の毛がわたしの頬に触れてきて、わたしは涙が出てくるのを抑えられなかった。
声を上げて泣き出してしまったわたしを、キャンディは優しく抱きしめて、背中を撫でてくれた。泣いて泣いて泣きつかれて、気がつくと朝だった。
「へっ!?」
砂埃の国で色々あって綺麗とは言えない制服のまま、わたしはキャンディのベッドに寝かされていた。慌てて起き上がると、わたしの額から濡れた布巾が落っこちた。あやや。
キャンディの名前を呼んでも、返事はなかった。部屋の中を探しても誰もいない。その代わりなのか、勉強机の上にはこの部屋の鍵が置いてあった。
「やだ、もう授業始まってるじゃん」
時計を見ると、もう十時半を過ぎていた。
でも、お風呂に入りたいし、お腹も空いてるし……。
うん、今日はお休みってことにさせてもらおう。わたしはキャンディの部屋に鍵をかけて、自分の部屋に戻ることにした。お風呂に入って綺麗にしてから、食堂で何か食べさせてもらおうっと。制服も洗いたいしね。
やること全部やってから食堂へ行くと、寮母のアガサさんはわたしのために快く料理を振る舞ってくれた。朝と昼を合わせたようなブランチ。そもそも昨日の夕飯から食べてないし、食欲はものすごい。
あったかくて精のつくものをって、アガサさんは炙り焼きチキンと野菜とキノコがたっぷりのスープを出してくれた。は〜〜、美味しさが体に染み渡る!
……日常に帰ってきて、わたしはようやく心の余裕を取り戻せた気がする。いっぱい泣いて、キャンディに慰めてもらったしね。
あの土地で起こってることや、見てきたこと、アイスくんに裏切られたことはまだショックだけど、それは切り離して考えなくちゃいけないよね。わたしはまだ、そんなに酷い目にはあってない。
ギースレイヴンのひとたちには同情するし、何とかしてあげたい気持ちもあるよ。
でも、それって、まずは彼らが動かなきゃいけないことだもんね。わたしがどうこう指図して、決める問題じゃない。手助けはするけど、わたしの命と引き換えなんてお断りだ!
「それにしても……いったい誰に打ち明けようかな。なんか、知りたくないことばっかり知りすぎちゃってる気がするよ。キャンディにも、言えないことがあるしさ……」
兵器のこととか、結界がチョコの魔力を吸い取ってることとか!
「ジャムにだって、どこまで話していいものかわかんないしさ……」
シャリさんがどこまで打ち明けたかによるでしょ、それ。
ジャムとドーナツさんのお父さんたちにも関係するしさ。
「結界、越えちゃったんだよねぇ……」
シャリさんは、結界は完全だと思ってるからさ〜。
コンちゃんのことを知ったら怒るんじゃないかな。あ、それに、結界の外に村があるんだっけ! ソーダさんを野放しにしたことも、言わなきゃいけないの〜〜〜?
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜」
気が重いったら気が重い。
でっかいため息出ちゃうよね〜〜〜。
そんなとき、わたしの耳にギターの音が流れ込んできた。食堂の片隅の窓が開いている。外にいる!
わたしは、慌てて窓に駆け寄って、窓枠からジャンプした。
幸いここは一階だから、ぜんぜん平気!
緑の髪の男に飛びついて、その胸ぐらを引っ掴んだ。
「ソーダさんっ! 逃さないわよ!」
「っ!?」
びっくりした顔をしていたのは、緑の髪は緑の髪でも、サクランボみたいな赤い瞳のゼリーさんだった。
あれ〜〜〜〜?




