意外な知り合い?
目が覚めたら敵陣だなんて、なんて笑えない事態だろう。
わたしをここへ連れてきたらしい緑の髪をしたギター男は、自分のことを風の精霊だと言った。名前はソーダ、メロンソーダだ。
「とりあえず、ギター止めてもらっていいですか? ここ、わたしにとっては敵の中枢部なんで。見つかったら殺されちゃうんで」
「えっ? 大丈夫だよ?」
「なにが」
「音は向こうへ流れていないからさ。それよりもあの夕陽をごらんよ、何とも言えないほど美しいだろう?」
ソーダさんはそう言って夕陽を指差すけど、言葉を失うほどのものには見えないけどな。そもそも、吟遊詩人とか歌い手が「何とも言えない」ってそりゃどうなの?
「まあ、いいや。ソダ……ソーダさん? が、わたしを助けてくれたの?」
「そうさ」
「失礼だけど、どうやって?」
いくら風の精霊って言ったって、あんなに大勢に囲まれた建物の中から、わたしひとりだけを連れてくるなんてそんなこと、できるわけないよね?
「ふっ、私は風だよ? 自由な風を遮れるものなど、あまりない」
「………………」
なに言ってんだコイツ。(二回目)
っていうか言い方〜! 「あまりない」ってなに? 他に絶対言い方あったよね。っていうか、遮られるからね? 遮られまくりだからね? ただの風でしょ? ……まあ、いいや。
「ええっと、助けてくれてありがとう。もうひとり、助けて欲しい子がいるの。アイスくんっていうんだけど……」
「ああ、アイスのことなら心配はいらないよ。すでに助けてあるさ」
「よかった!」
アイスくんに騙されるみたいにして連れてこられたけど、だからって酷い目にあえばいいなんて思えない。できれば助けてあげたかったから……。
「じゃあ、あの……わたし、ジルヴェストに帰りたいんだけど、連れて行ってもらえませんか」
「お安い御用、と言いたいところだけど、結界の内側には入れないよ。結界ギリギリにある村までは連れて行ってあげられるんだけどね」
「そっか……って、村ってナニ!?」
「え?」
わたしはジルヴェストの形について説明した。あの国は島になってて、そのほとんどが結界の中にある。まるで海に浮かぶスノードームなわけ。
その結界の外に、村?
ありえないとは言わないけど、別の場所と勘違いしてない?
「いいや、確かに村はあるよ。今から行こうか」
「う……行きたい、けど……」
「けど?」
「ごめんなさい、やっぱり帰らなくっちゃ。友達が待ってるの」
「どうやって結界の内側へ入るんだい?」
「コンちゃんに頼むの。お~い、コンちゃん、来て~!」
ここは直接地面の上だから、ウサギのコンちゃんなら、穴を掘って来られるはず。わたしの予想どおり、すぐにコンちゃんが地面から鼻を突き出した。
「クォンペントゥス!」
ソーダさんがコンちゃんの名前を呼ぶ。そっか、精霊同士、知り合いなんだね。
「私も一緒に行っていいかい、お嬢さん」
「あ。自己紹介が遅くなってごめんなさい。わたしはアスナ、よろしくね」
「よろしく、アスナ。クォンペントゥスもいいと言っているし、ご一緒させてもらうよ。まさか、結界の中に入れるなんて! ジェロニモは元気にしているかなぁ」
「!」
ジェロニモって、ゼリーさんじゃん!
知り合いなの!?
「ジェロニモって、ジェロニモ・スレーンさんだよね? ギズヴァイン先生の護衛をしてる、緑の髪に赤い瞳の! あの無口で無表情のジェロニモさんだよね!」
「うん? よくわかんないけど、ジェロニモはジェロニモだよ?」
「ダメだコイツ!」
「口に出てるよ?」
おっと失礼!
「ごめんごめん。なら早く行こう! ジェロニモさんにも伝えてあげなくちゃ!」
わたしは急いでコンちゃんの開けてくれたウサギ穴に潜った。濡れない水の中のような不思議な感覚。今回も見とれている間に地面に足がついていた。
「アスナ! 心配しましたのよ!」
「キャンディ!」
泣きながら駆け寄ってきたのはキャンディだった。わたしはギュウッと抱きしめられた。
「遅かったじゃありませんの! もう少しで、お城まで行くところでしたわ……!」
「ごめんね、キャンディ。ちょっと、立て込んでて……」
「アスナ、貴女冷え切ってますわよ。さ、寮へ帰りましょ。すぐに温かいお茶を淹れて差し上げますわ」
「ありがと。あ、そうだ、紹介したいひとが……あれ?」
振り返ると、そこにソーダさんはいなかった。コンちゃんもいないし。
「あれ〜?」
「どうしたんですの、アスナ」
「あ、いや……なんでもない……」
わたしを助けてくれたひと……ううん、精霊か。ソーダさん、悪いひとじゃないとは思うんだけど、ここって女子校なんだよね。大丈夫かなぁ。
ゼリーさんのところへ行ったんだろうか。今度聞いてみよう。
わたしはキャンディに手を引かれて寮の方へ歩き出した。心なしか、あっちよりもこっちの方が空気が暖かい。
なんだかとても、ホッとして……力が抜ける。
今日はもう休んで、明日また考えよう。




