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本日、二度目の更新になります。
順番は前後しても特に問題ありませんが、読み飛ばしにご注意ください。
▶【止めない】
わたしは……止めなかった。
どうせハッタリでしょ? だって、アイスくんはギースレイヴンの人間で、彼らと同じ立場なんだから。わたしに言うことを聞かせようと、脅してるに違いない。
だから、彼らが刃物を取り出したときも、ドキッとはしたけど信じてはいなかった。信じられなかった。
髪の毛を掴まれて、上を向かせられたアイスくんが苦しげにわたしを見てくる。
「アスナさん……僕は、貴女を助けたかった……! 信じてほしい……。王子のことも、傷つけないって聞いていたから……だから協力した、のに……」
「黙れ!」
「うっ……」
「ちょ、ちょっと、仲間割れはやめなさいよ! そんなことしたって、わたしの気持ちは変わらないんだからね!」
リーダーの男がアイスくんのお腹に蹴りを入れた。すごく痛そうだけど……どういうこと?
「僕はっ、王子に命令されたら逆らえない! でも、アスナさんを助けられる方法を、探してたんだ!」
「おい、やめろ!」
「味方がいれば、この首輪が外れればっ、このおかしくなった国をどうにかできると信じてたのに!」
「うるせぇっ!」
「ぐっ……!」
リーダーの持つ剣の先が、アイスくんの首輪の隙間にねじ込まれた。バッと、噴水みたいに赤い血が飛び散る。アイスくんの頭が、ガクンと後ろへ倒れた。
「きゃああああああああっ!」
叫び声が、聞こえる。
耳許で。大きな、声が。ああ、叫んでるのは、わたし、だ……。
どうしてこんなことに?
アイスくんが……死んじゃった!
どうして…………。
膝がガクガクして立てなくなったわたしを、女のひとたちが両脇から抱えあげる。抵抗しようとしているのに、体が言うことを聞かなかった。頭がフラフラする……心臓が、ギュッと痛い。
「さあ、聖女さま、こちらへ」
「や、だぁ……」
「こんな所にいちゃいけません」
わたしは半分以上引きずられるようにして粗末なレンガの建物のほうへ連れて行かれてしまった。わたしはその最中も、必死で首をめぐらせてアイスくんの姿を探した。
嘘であってほしかった。
あんなの、ただのトリックで、アイスくんはわたしを騙して言うことを聞かせるすために……
「あ〜あ、アイス死んじゃった。アスナのせいだよ」
視界の端に、クッキーが立っていた。
耳許でささやかれたみたいにハッキリと聞こえた声に、わたしは思わず叫んでいた。
「違う! わたしのせいじゃない!」
わたしの……せいじゃ…………。
わたしは粉っぽいレンガの建物の中、押入れみたいに小さな部屋に閉じ込められた。ベッドなんかない。藁みたいな草を編んだものの上に寝かされて、わたしはボンヤリと小さすぎる窓を見上げていた。
どれだけ時間がたったのか、わたしはいつの間にか眠り込んでしまっていたみたいだ。体は重くて動かないし、頭も痛い。時々、誰かが部屋へ入ってきて水を飲ませてくれた。
逃げ出すことなんて考えられなかった。
だって、体が動かないんだもの。
わたしはまるで人形みたいに寝たきりだった。時々、誰かがわたしの体を拭いたり、水を飲ませてくれる。
長い髪は邪魔だからと、肩のところで切られてしまったときにはさすがに抵抗しようとしたけれど、何人もの女のひとに押さえ込まれてしまって、何もできなかった。
そして、その日が来た。
わたしは念入りに体を磨かれていた。壁には、ここでは一度も見たことのない真っ白くて綺麗な布で作られた簡素なドレスがかかっていた。ちょっとだけ、クッキーの着ていたキューピッドの服に似てる。
水も石鹸も貴重なはずなのに、わたしはお風呂に入れられていたのだった。
「ま〜、とっても綺麗ですよ、聖女さま」
「ほんとほんと、ピカピカのお肌ですよ」
……そんなこと言われたって、ちっとも嬉しくなんかない。
髪の毛もすっかり洗われて、わたしは下着をつけずにドレスを着せられた。
王子様とやらの所へ連れて行かれるんだと思った。結局、わたしの力じゃ、彼らの首輪を外すことはできなかったから。
「準備はできたか」
いきなり建物の中へ踏み込んできたのは、アイスくんを殺した男だった。この奴隷たちの、リーダー。わたしは思わずうなっていた。
「おっと……寝たきりだった女とは思えない気迫だな。首輪をはずさせようとしたときみたいに、また暴れるのか? 飯も食っていない体で、よくそんな目ができるもんだ」
「ようやくお迎えが来たみたいね。あんまり遅かったから、アンタなんて、王子に交渉を持ちかけた段階で殺されたと思ってた!」
「減らず口を……。まぁいい。首輪は外れなかったが、あんたが来てくれたおかげでこの土地は少しだけマシになった。隠し畑に初めての芽が出たり、乳の出が良くなったと女たちが喜んでる。あんたも、汚れのない体のままで帰してやるよ」
「えっ……」
かえ、れるの……?
とっくに諦めていたつもりだったのに、その言葉に目許が熱くなった。心臓がドキドキと動き始めた。
「押さえてろ」
「えっ?」
リーダーの男は左手だけでわたしの口に布を押し込んできた。抵抗しようとする手は後ろへ引かれて、ロープで結えつけられてしまった。
「んんん〜〜〜!」
どうして?
嘘つき!
なんでこんなことするのよ!?
口の中にギュウギュウに布を詰め込まれて、さらにその上から布を当てられて頭の後ろで結ばれる。フラフラの頭と体じゃ、縛られてなくたって逃げられないのに。
表に出ると、沈んでいく真っ赤な太陽がまぶしかった。影になって顔の見えない大勢のひとたちが、わたしのほうを向いた。
「ほう、それが件の聖女とやらか。なんだ、見た目はただの女じゃないか」
無理やり地面に膝をつかされたわたしのほうへ進み出て、見下ろしてきたのは豪華な衣装を身に着けた子どもだった。逆光の中、夕陽色の瞳がわたしをじろじろと見る。本当に、小学生くらいの男の子だ。
バカにしたような笑いを浮かべて、男の子はわたしの顎を掴んで言った。
「聖女だなどと祭り上げられて、さぞかし気分が良かったろうな?」
「んんっ!」
わたしは思い切り首を横に振って、その手を跳ねのける。冗談じゃない、気分が良かったことなんてない! バカにしないでよ!
睨みつけると、ソイツは高笑いをしてわたしの後ろの男に合図をした。わたしは髪の毛を掴まれ、ぐっと仰け反らされた。……苦しい!
「この大地を浄める役割に免じて、お前の無礼な振る舞いを不問にしてやる。この俺様が、直々に儀式を施してやること、光栄に思えよ、女」
「んんっ? んんん〜〜〜!」
「心臓は後で取り出すことにしよう。さあ、見ていろお前たち! この都を再びギースレイヴンの中心に返り咲かせてくれよう、巫女の血を以て、我が願う! この地に栄光あれ!」
嫌だ!
やめて!
お願いだから、殺さないで!
歓声が聞こえる。
どうして……! わたしが死ぬのを喜ばないで!
何かが首の上を滑っていく。
熱い……!
ひときわ、大きな歓声があがった。
END『聖女の最期』




