◆
▶【止める】
わたしは思わず叫んでいた。
アイスくんを処刑するだなんて、冗談じゃない!
「やめて!」
二人の男が膝立ちのアイスくんを両脇から押さえ込んでいた。アイスくんの髪の毛を掴んで上を向かせていたリーダーが、わたしをゆっくり振り返った。
「意外だな。あんた、自分をはめようとした奴の命を助けたいのか? じゃあいいぜ。その代わり、俺たちの言うとおりにしてもらおうか」
「…………わかったわ」
仕方がないよね……。
でも、それに反対したのはアイスくんだった。
「いけない、アスナさん! 僕は、貴女を助けたかったんだ……それなのに……! 王子のことも、傷つけないって言うから、僕は……!」
「黙れ!」
「逃げて、アスナさん!」
「うおっ!?」
アイスくんが押さえていた二人をふりほどいて、リーダーに体当たりした。左手しか使えないリーダーの男は、変な風に体をひねりながら地面に叩きつけられる。
「このっ!」
「アイスくん!」
「来て、クォンペントゥス!」
アイスくんが叫ぶ。
コンちゃんを呼んでどうするの?
「逃げてっ、アスナさ……」
「アイスくん!」
アイスくんの姿が、男のひとたちに飲み込まれていく。殴られたり、蹴られたりしてる? どうしよう、止めなきゃ。でも、わたしのほうへもジリジリと女のひとたちが寄ってきている。
ぐいっと袖口を引かれて下を見下ろすと、コンペイトウウサギのコンちゃんがわたしを穴のほうへ連れて行こうとしていた。逃げてって、そういうことなのね!
「待って、コンちゃん。アイスくんも連れてって!」
コンちゃんはわたしの言うことを聞いてくれない。
強い力に引っ張られて、わたしは二、三歩、穴のほうへ進まされた。でも、わたしだって力なら、ウサちゃんには負けない! 思い切り踏ん張って、逆にコンちゃんを引っ張り寄せる。
「お願い! アイスくんを助けて! あのままじゃ殺されちゃうでしょ!」
コンちゃんは諦めたのか、わたしを引っ張るのをやめてアイスくんを囲んでいるひとたちのほうへ走ってくれた。わたしも、邪魔しようと立ち塞がってくるひとにタックルして、コンちゃんを手助けする。
「聖女さま!」
「聖女さま、どうか……!」
うるさい!
伸びてくる手を、必死になって振り払う。
わたしはそんな名前じゃない、わたしの名前も知らないようなひとに利用されたくない! アイスくんを連れて帰るんだ……最終的にこのひとたちを助けるとしたって、今、こんなやり方でじゃない!
「アイスくん!」
「アスナ…さ……」
「手を!」
何人もに囲まれてリンチを受けているアイスくん。人が垣根みたいになっていて、その姿はほとんど見えない。わたし自身も殴られながら、それでもアイスくんを探した。
掻き分けて、掻き分けて、差し伸ばされた手を掴む。
間違いない、アイスくんだ!
「跳んで、コンちゃん! ジルヴェストまで!」
もう、出口なんかどこだっていい!
とにかくここを離れたかった。安全なあの国に帰りたかった。
浮遊感と同時に水に落ちたような感覚。下から吹き上げてきた音と光がわたしたちにぶつかってくる。その中で、傷だらけのアイスくんが微笑んだ気がした。
それは一瞬のことで、気づいたらわたしは芝生の上に投げ出されていた。全身がだるくて動けない……。どのくらいボーっとしてしまっていたんだろう、繋いでいたはずの手が離れていたことに気がつく。
アイスくん!
わたしは無理やり体を起した。怪我をしているはずなのに、どこかへ行ってしまったの? それともまさか、穴の中ではぐれちゃったとか?
慌てて周りを見回すと、マリエ・プティの校舎が見えた。帰ってきたんだ!
そして、倒れているアイスくんも見つけた。
「うっ……いたた……」
ちょっと動くだけで体が悲鳴を上げる。それでもわたしは足を動かした。
アイスくんは気絶してるのか、ピクリともしない。その横にコンちゃんがうずくまっていた。
「アイスくん、大丈夫……? 帰ってこれたよ……」
ぐったりと目を閉じたアイスくんは、うっすら笑っているみたいに見えた。体中のあちこちに血がにじんでる。一番大きな染みは、胸の下からお腹のほとんどを覆っていた。
それを見て、すぐにわかった。もうダメなんだって……。
でも、わたしは、アイスくんの首に手を当てて確認せずにはいられなかった。胸に耳をつけて、心臓が動いていてほしいと願った。
まだほんのりと温かい……。
せっかく、帰ってきたのに……。
「アイスくん……ごめんね……。間に合わなかったね……」
アイスくんの胸の上にうつ伏せて、わたしは何の慰めにもならない言葉を口にした。涙がこぼれてくる。わたしは、彼に何もしてあげられなかった……。
コンちゃんがわたしの頬に鼻を押し付けてくる。
慰めてくれるんだね。ありがとう。
ああ、もう、動けない……。
疲れちゃったのかな。とっても、眠い……。
いつの間にか体の痛みなんてどこかへ行ってしまっていた。もう、このまま眠ってしまおう。目が覚めたら、アイスくんをどこか景色のいい場所へ連れて行ってあげようと思う。せめて、この綺麗な国で眠ってほしいから。
今だけは、アイスくんの隣で眠りたい。
END『ふたりで一緒に』




