悪役による悪役のための説明回?
「ねぇ、シャリアディース……どうしてここ、真っ黒なの?」
「よく見てごらん。大きな建物がいくつも立ち並び、黒煙を吐き出している。ここでは機械を、主に人殺しの道具を作っているのだ。そしてそれらは列車によって大陸内部に運ばれ、緑のある土地を奪うために使われている」
「そんな……」
それってつまり、侵略とか、戦争と呼ばれるもの?
魔法が存在する世界で、兵器が作られて輸出されている現実を、わたしは認めたくなかった。
「彼らが本当に攻め込みたいのはこのジルヴェストだろうね。だが、結界によって守られている我が国には手出しができない。だから他国を蹂躙し、平和を掻き乱し、悲劇を重ねる。何故か? そうしなければもう、住む場所がないからだ。この真っ黒な国の名は、ギースレイヴン……魔力の枯渇した、死の国だよ」
「……!」
胸が痛い……。
アイスくんは、こんな国にいるんだ。しかも、奴隷なんだ……。それがどうして結界を越えて、海も越えて、この国にいるのかはわからない。でも、彼は確かにここにいた。アイスくんの目的は……ううん、今はそんなこと考えてる場合じゃないわ。
「結界がこの国を守ってるって言うのね。アンタが守ってるって言いたいのね」
「事実、そうだろう」
「弱い人間の命を犠牲にして?」
「必要な犠牲だ。結界がなくてはギースレイヴンに攻め込まれる。それだけじゃない、魔力の枯渇したあの土地にすべて吸い取られて干乾びてしまうだろう。私は約束通りに民を守っているだけだよ、妃殿下」
「なにがっ!」
どの口でそんなことを言ってるんだコイツ!
「だいたい、結界が吸い上げている魔力は、結界の維持のためだけに使われるのではない。人間たちが生活のために使う魔工機械に消費されているのだ」
「なにそれ……」
「蛇口をひねれば水が出てくるのも、室内を明るく照らせるのも、すべては魔工機械があればこそだ。病院や産院、食べ物を加工する工場、それらすべては魔力によって動いている。こんな小さな島国で、しかも、他所との貿易を断って生き延びられているのは魔力が生活を支えているからだ」
「じゃあ、結界がなくなっちゃったら……」
「それらすべて、停止するな」
「そんな! でも、だからって……」
わたしのいた現代日本で、いきなり電気とガスと水道が止まっちゃったらと考えたら混乱した。結界のことを悪いものだと思ってたのに、ううん、今でも思ってるけど……!
「アスナが来てくれたおかげで、結界を維持するための魔力は充分に補填された。これからは国民からもらう魔力も僅かで済む。だから、君がそんなに思い悩むことはないんだ」
「そういう、問題じゃない……」
「ならば、君の友人だけは対象にならないようにする魔法を教えてあげよう。それなら守りたい者を守れる」
「そういう問題でもない!」
「なら、どうしてほしいんだ?」
ため息を吐いてシャリアディースが言う。まるで駄々をこねている子どもに愛想を尽かしたみたいに。確かに、わたしは子どもかもしれない。部外者かもしれない。でも、こんなやり方が正しいとはやっぱり思えない。
「ジャムはこのこと知ってるの?」
「……あの子を巻き込むな。ただでさえ心労の絶えない役割を担っているのに」
「それでも、知らないままでいるよりずっといい。どうして結界のことを隠すのよ。どうしてひとりで抱え込むの! 千年も生きてて頭が腐ったの?」
「な……」
「結界が必要なことはわかったよ。でも、無駄な部分も多いでしょ? 甘やかすのと世話をするのは違うの。贅沢してる部分はぜんぶ切り捨てて、病院とか水道とか、必要な分だけ魔力を使え! 一年三百六十五日、一日食べなくたって死なないんだから、年に数十回くらいは不便な中で生活させろ!」
ポカンとしたシャリアディースの顔は面白かった。
わたしは一気に怒鳴ったぶん、深く息を吸って大きく吐き出した。ちょっとスッキリ。
「そんなふうに、考えたことはなかったな……。ただ、求められるままに魔力を回していただけで……」
「正直、アンタのことを許せない。わたしをこんなことに巻き込んだことも、帰る方法を探してくれないことも。あと、みんなの命を犠牲にしてきたことも」
「…………」
「でも、きっとこの結界のおかげで、生き延びられた人たちがいた。アンタなりのやり方で、この国を守ってきたんでしょ? 長い間、たったひとりで。それを否定することは、わたしにはできないよ。だから、間違ってるとは言わない。ただ、アンタに『バ〜カ!』って言う権利はあると思うんだ」
「フッ……。ならば、存分に罵りたまえ。だが……」
「バ〜カ!」
「まだ話している途中だったのだが?」
「知るかアホ! 間抜け! 陰険酢飯ヤロウ!」
「どういう意味なんだそれは……」
フンッだ!
せいぜい困惑してろ!
「君がこの国のことを考えてくれていて嬉しいよ、妃殿下。国母としての自覚が出てきたのではないかな?」
「大っ嫌い!」
それからお城につくまでの間、わたしは完全に無言だった。




