抱きしめるのは反則ですっ?
「ちょっ、ちょ、ちょっと、オルさんっ!?」
ど、どうして? どうしてわたしってば騎士と馬でふたり乗りしながら後ろから抱きしめられて「俺ってそんなに信用ないかな」なんて言われてるの!? ドーナツさんアナタ、キャラ適性「女たらし」じゃなかったでしょうが!? それはジャムの方だっ!?
ぴろりんっと響く電子音。
展開されるステータス。
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【名前】オールィド・ドゥーンナッツ
【性別】男
【年齢】20
【所属】ジルヴェスト国
【職業】宮廷騎士(若枝)
【適性】狂戦士
【技能】◆この項目は隠蔽されています◆
【属性】犬
【備考】ジャムの味方
☆ ★ ★
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ほ、ほらぁ! そうでしょ!?
アナタ、女たらしじゃないでしょ? こういうのは恋人か、恋人関係秒読みの相手にしてクダサイ!
あっ、ていうか、なんか項目増えてる!
でも今そんな場合じゃない!
「ねぇ、どうしちゃったの? オルさんっ!?」
焦るわたしを抱きしめたままで、ドーナツさんはささやくように言った。
「しーっ。このままで聞いてくれ、アスナ」
「…………」
「アスナ、俺は確かに陛下の騎士だ。けど、君の力になりたい。前にも言っただろ、どうしても嫌になったら、その時は頼ってくれって。一緒に、逃げてやるって。だから、陛下に何を言うつもりなのか知らないけど、ひとりで思い詰めてとんでもないことになる前に、俺に相談してくれ、アスナ」
「ま、待って、べつにそういうんじゃないよ? ジャムの世話にはならないよって言って学園を飛び出すわけじゃないから!」
「そうか、それなら、安心した!」
すごくホッとしたようにそう言って、ドーナツさんはゆっくりとわたしを離すと、元の姿勢に戻っていった。はぁ、ビックリした!
「いやぁ、良かった。陛下の庇護を受け付けなくなったら、王都の住民票も国民としての証明書もないアスナは、住むところがなくなっちゃうだろ? 配給も受けられないしな」
「ひぇっ」
か、管理社会怖い!
そうだった、バイトして生活していくのを断念したのは、そのせいだったよね。
っていうか、そこまで考えて「俺を頼れ」って言ってたわけ?
下手すれば「国王陛下の婚約者を横からかっさらったヤツ」になっちゃうっていうのに?
鼻の奥がツーンとする。わたしは涙が出そうになるのを押し殺した。もう、ドーナツさんにはいつも泣かされちゃうんだから!
「オルさん、どうしてわたしにそこまでしてくれようとするの?」
「……似てるんだよなぁ。だからかな。ほっとけない」
「似てる?」
わたしと、ドーナツさんが?
それとも、べつのひと?
「俺の親父さ、五年前に旅に出たきり帰ってこないんだわ」
「えっ」
「ほら、先王陛下が障壁を守るために旅に出たって言ったろ? 親父はそれについていったんだ。肉親は親父だけだったから、俺もいきなりのことに、ずいぶん戸惑ったよ。その時にはもう成人してたけど、頼れる人間が近くにいないっていう不安は大きかったなぁ」
「オルさん……」
「そのとき、オースティアン陛下はまだ十二だった。宰相のシャリアディース様が側にいたけど、家族の代わりにはなれないからさ。陛下も俺のとこと同じで父ひとり子ひとりだったから、なおさらな〜」
そうだったんだ……。
ドーナツさんのお父さんも騎士だったのかな。だから、ジャムのお父さんを守るためについていったのかな。それに成人って言ったって、五年前ってことは十五歳でしょ? しょうがないこととはいえ、寂しかっただろうなぁ。
いつか聞こうとは思っていたジャムのお父さんについての詳細も、一緒にわかってしまった。わたしと同じ年なのに、王様としての仕事をしていて、家族の話をしないジャム。妹みたいに思っているキャンディと政略結婚させられそうになっていて、王様なのに窮屈そう。若すぎるからか、甘すぎるからか、部下にも舐められているみたいだし。
ジャムのお父さんたちが帰ってきたら、それもどうにかなるのかな?
でも、五年も帰ってこないっていうのは……。
「俺が守ってやりたいと思ったんだ。ちょっと年上なだけの、騎士見習いだったくせにな」
「そんなこと! ジャムはきっと、嬉しかったと思う」
「そうかな」
「そうだよ」
わたしたちは笑いながら馬に揺られて帰った。
学園に着くと、ドーナツさんがわたしの手を取って馬を降りるのを手伝ってくれた。そして、わたしの頭をぽんぽんと叩いた。
「よし、それじゃあ、またな。嬢ちゃん」
「ありがとうございました!」
「あ、そうだ。それそれ! 言おうと思ってたんだけど、もう、敬語は抜きにしようぜ」
「えっ、でも」
「固いことは言いっこナシってことで! 俺もその方が気が楽だ」
「オルさんがそう言うなら……」
「なんなら、最初みたいに『ドーナツさ~ん』でもいいんだぜ?」
「あっはっは~、それはちょっと!」
あんまりにも失礼すぎるんでぇ!
今も失礼だけどな~!
「それじゃ、またな」
「うん! オルさんも気をつけて!」
わたしはドーナツさんが見えなくなるまでそこに立っていた。
そして、蜂蜜くんが戻って来ないので、さっさと部屋に戻った。




