ゼリーさんの本当の気持ち
わたしたちはしばらくの間、寄り添ってシャリアディースの消えた方を見つめていた。絶対に大丈夫とは、言い切れない。でも、いつまでもこうしているのは無駄だと思う。わたしが動こうとしたとき、ゼリーさんの力強い腕がわたしを抱きしめた。
「ひゃっ」
「……もう、終わったと、思った」
「うん……わたしも」
わたしはそっと背伸びをして、ゼリーさんを抱きしめ返した。シャリアディースはあんなヤツだけど、人間じゃ勝てない存在に間違いない。それに、ゼリーさんにとっては命令されれば絶対に敵わない相手でもある。
いつシャリアディースが『死ね』とか『殺せ』とか、無茶な命令をしてくるんじゃないかと、ゼリーさんはやきもきしていたに違いない。
わたしも、覚悟を決めたとはいえ、そんなことになったら絶対に正気じゃいられなかったもん。今さら、体に震えが来る。
「アスナを失わずに済んだのは、幸運と、アスナ自身の行動のおかげだ。俺は、何も役に立たなかった」
「そんなこと!」
「いや、そうだ。……やはり俺では、君を幸せにはできない。君を守ることもできないなんて……」
「やめて」
わたしは顔を上げてゼリーさんを睨みつけた。わたしを見下ろす赤い瞳は、不安に揺れていた。そうだよね、わたしより大人だけど、わたしと二歳しか違わないんだ。ゼリーさんだって、怖くて、迷ってて、不安でしょうがないに決まってる。
「わたしの幸せはね、あなたと一緒にいることなんだよ、ジェロニモ」
「!」
「他の誰も、代わりになんてなれないんだから」
「…………」
安心させるつもりで言ったのに、ゼリーさんはさらに眉を下げて悲しそうな顔になってしまった。
どうして? わたし、何か悪いこと言っちゃった?
「ジェロニモ……」
「陛下と抱き合ってた」
「へ?」
陛下って……ジャム?
抱き合ってた? わたしと、ジャムが!?
まったく心当たりがない!
と、思ったけど、そういえばお城で最後過ごしたときにジャムと二人で抱き合いながら慰めていたなぁ、なんて記憶が走馬灯のようによみがえってきた。
「ああ! あれ! あれは、違うの。ごめん、あのね、違うの」
「…………」
「ホントに違うんだってば! 慰めてただけ!」
「あんな距離で」
「う……」
「アスナの結婚の話で、周囲は持ちきりだった。俺は身を引いた方がいいと思ったんだ。だから、手紙を預けて村に戻った」
そうだったんだ。
だから、あの手紙には『結婚おめでとう』って書かれていたんだね。
あのときの胸の痛みを思い出す。
ゼリーさんも同じくらい、胸を痛めてくれていたんだろうか。
「あのときのアスナは、美しかった……。美しく着飾らせることも、何の苦労も不自由もなく、幸せにすることも、俺にはできない。だが、あの男にはそれができる。だから……」
「そんなこと、わたし、望んでないよ」
「だが。俺はアスナにそうあってほしいと思った。抱き合っているふたりを見て、激しい嫉妬の感情を覚えた。それと同時に、かなわないと悟った」
その言葉とは裏腹に、ゼリーさんの腕の力が少し強くなる。
わたしは手を伸ばして、ゼリーさんの頬に掌を当てた。
「ね。今も、そう思ってる?」
「……少し」
「シャリアディースとの契約の力が、振り切れないから?」
「そうだ」
「じゃあ、水の精霊に会いに行こう。それで、わたしの精霊化を止めてもらって、シャリアディースとの契約もナシにしてもらおう? そうできるまでには、時間がかかるかもしれないけど」
「……いいのか」
「うん。逆に聞くけど、ゼリーさんはわたしでいいの? ジャムのものだったかもしれない女だけど」
ゼリーさんはムッと顔をしかめて、わたしの腰を抱き上げた。
えっ! なになに?
いきなり持ち上げられてビックリするわたしの顔を、ほとんど同じ位置にあるゼリーさんの目が覗き込んでくる。
「当り前だ。今アスナがここにいるなら、それ以外のことなど、どうだっていい」
ひゃ~~~~ん!
ちょ、は、恥ずかしい……!
自分で言ったことだけど、恥ずかしいよぅ!
「わ、わかった。わかったから、下ろして……」
「アスナは?」
「えっ?」
「アスナは俺でいいのか。何も持っていない、ただの漁師になるしかない男だ。王でもなく、貴族でもなく。ジルヴェストに行ったところで下層の労働階級にしか所属できない。そんな男で本当にいいのか」
真剣な、赤い瞳。
怒っているわけでもないのに眉間に刻まれるシワを見て、わたしはなぜだか笑顔になってしまう。
「いいよ。わたしは、ジェロニモさんがいい。大好きだから。……愛してるから」
「俺も、愛している。アスナ」
まるで小さい子を抱っこするように抱き上げて胸に寄せられて、わたしは両手をゼリーさんの首に回して抱きついた。そっと唇を重ねる。恋人としてのキスは、なんだか照れくさくて、胸がざわついた。
しばらくそうしていたわたしたちだけど、ガタンと薪が崩れる音で現実に引き戻された。
「あっ、そういえば! ごはん!」
すっかり忘れてた! 鶏肉、焦げて炭になっちゃってない!?
あれがないと夕飯はお菓子だけになっちゃうよ!
「大丈夫だ、いい頃合いで引き上げておいた」
「ゼリーさんナイス!」
けっこうチャッカリしてる〜!
わたしたちは鶏肉をもう一度焚火に当てて、あっため直して食べた。綺麗なバケツにはシャリアディースの溜めてくれた水もたくさんあるし、今日はもう困ることはない。小屋に残されていた食器の中からカップを取り出して、洗い桶でゆすいでからシャリアディースの水を飲むと、すっごく美味しかった。
「アイツでも役に立つことってあるんだね」
「違いない」
わたしたちは顔を見合わせてわらって、テントの中でふたり身を寄せ合って眠った。
明日はどうなるのかな? できれば晴れて、いい日になりますように!




