シャリアディースの話
鶏肉はブツ切りにして串に刺してから、焚き火の周りに並べて立てて炙り焼きにすることにした。味付けに塩コショウが欲しいところだけど、文句は言えないよね。
ちなみに、その串はゼリーさんが木の枝を削って作ってくれたの。器用だよね〜。
「すごいなぁ。わたしも、竹でなら昔作ったことあるんだけどね。工作で」
「……その竹とやらは、安全なのか」
「うん? たぶんね。竹は筋がすっと通ってて、縦に裂けやすいの。それにたくさん節があって、コップにも使えるし。お箸にして持たせてもらったなぁ。筍の皮も何かに使えるし、要らない所のない植物なんだから」
「そうか。……植物の中には、毒があるものもある。昔から食器に使われてきたなら、安全だろうな」
「えっ、毒!? そうなんだ……。この木は、安全?」
「ああ」
わたしたちが作業しながらお喋りていると、シャリアディースが真上から覗き込むようにしながら呆れた声で言った。
「まったく……もう調理は済んだかね。ずいぶん待たされているのだが?」
「勝手に来といてうるさいなぁ。嫌なら帰れば」
「私は君が何故か突然こんな場所に現れたから様子を見に来たのだがね?」
「だから、頼んでないってば。自分の立場わかってる? 結界のこと、ジャムを拐ったこと、ゼリーさんを騙して不利な契約を結んだこと、わたし、怒ってるんだけど」
シャリアディースは言葉に詰まってそっと後ろに下がった。
「どうせなら手伝ってくれればいいのに!」
「死体には触りたくない」
「これはお肉! もう! じゃあ水でも汲んできてよ」
「行かずとも出してあげるとも。とびきり上等で美味しい水をね」
「……毒入り?」
「失礼な」
「あ、ゼリーさん、もう焼けたんじゃない?」
「もう少しだ。よく火を通しておかないと」
「私を無視するな!」
ゼリーさんと焼き鳥の焼け具合を見てたら、シャリアディースが大声を上げた。やぁね〜、余裕のない大人って。
わたしは手を止めて、無視されたと怒っているシャリアディースを見上げた。
「それで、何の用なの? わたしが気になったとかってただの建前なんでしょ? どうせ戦っても勝てないのはわかってるけど、抵抗だけはするから。さっきの鶏肉みたいに」
シャリアディースはぐっと顎に力を入れて、無言のまま火のそばにゼリーさんが置いた丸太に腰掛けた。ほとんど白に見える水色の髪の毛が、今は炎のオレンジ色に染まっている。傲慢な笑いを消したシャリは、まるで別人に見えた。
パチリ、と火がはぜる。
「アスナは、なぜオースティアンのそばにいないのだ? もうとっくに目覚めたはず。せっかく運命の相手と出会ったというのに、どうして……」
その言葉にわたしはムカッときた。
アンタの小細工のせいで、わたしがどんだけ苦労したと思ってるんだ!
「余計なことしてくれたわよね。わたしのおかげじゃないって知ってたのは、アンタとわたしだけ。他は全員、信じ込んじゃってたんだから!」
「あれは確かに茶番劇だった。だが、運命の相手だというのは間違ってはいないさ」
「嘘つき!」
わたしの叫びにもシャリはぜんぜん堪えてない顔で笑ってる。
「もう一度だけ君に頼もう、アスナ。オースティアンと結婚して、あの国を守ってほしい」
「イヤ」
「即答か……。では、どうなっても構わないな?」
「わたし、魔法も何も使えないけど、抵抗するわ。キョウさんに言われたことだって平気で破る。今ここに、ソーダさんや、コンちゃんや、他にも精霊を呼んで抵抗する。それに……脅しには屈しない。たとえどんな結果になったって、たとえわたしが死んだって、絶対にアンタの言うなりにだけはならない」
「ジェロニモが死んでも?」
「もちろん」
「…………」
わたしが静かに見つめると、シャリアディースの馬鹿にしたような笑みがだんだん消えていった。
そう、わたしは本気。
だってもう、知ってるもの。たとえここでわたしが犠牲になってゼリーさんを助けたとして、ゼリーさんは喜ばない。きっとまた火口に挑んで、今度も死んでしまうだろう。
同じようにわたしにも逃げ場はない。ゼリーさんの命を救うために時間を遡った代償として、もう一度時間と空間を越える手段を失ってる。もうやり直すことはできないし、元の世界に帰ることもできない。ここで負けたら最後なの。
それでも、アイツの言いなりにはならない。
何を失うことになったって、アイツの思い通りになんてさせない。
時間にすれば数十秒くらいだったかもしれない。長いこと睨み合っていた視線が、ふっと外された。
「……意志は、固そうだ。残念だよ。やり直しのチャンスはもう、もらえないようだ」
「やり直し? また、ジャムみたいな子が生まれるのを待つつもりだったの?」
「……ああ、そうとも。だが、あの地を追われた私では、そう長い時間は待てないのだ。この魔力球を手放してしまえば、人間と同じほどの時間しか生きられない」
そう言って、シャリアディースは胸元を開いて見せた。詰襟の制服みたいな白い服の下には、虹色の珠が光っている。大きさはビー玉くらい。ペンダントにして下げていた。
「それ、何? それも魔力球なの?」
「そうとも。ヴィークルに載っているものより高性能な、城や病院に配置していたあの大きな珠と同じ魔力球さ。ジルヴェストで私が集めた魔力のすべてを収めてある」
「えっ。じゃあそれちょうだい。返してくるから」
「冗談ではない! 私に死ねと言うのか!」
「え? 手放してもすぐには死なないじゃん。盗んだんだから返しなさいよ。アンタの代わりにギースレイヴンに届けてあげるからさ」
「!」
わたしが手を伸ばすと、シャリアディースは一足飛びに後ずさって逃げてしまった。すっかり日も暮れていたせいで、どこへ行ったのかまったく見えない。
「あれ? もしかして助かったの、かな?」
「……おそらく」
ゼリーさんを見上げると、呆れたような無表情でそう返された。




