変わった世界とわたしたち
移動は一瞬だった。気がついたら、わたしとゼリーさんは夜の草原にいた。そこは見渡す限り何もなくて、上からは星が、下からは蛍が、幻想的に辺りを照らしていた。
『いらっしゃい。……君が、アスナだね?』
「キョウさん!」
「っ、アスナ! 動くな!」
ゼリーさんはわたしを守るように前に出ながら、宙に浮かぶ丸い鏡を睨みつけた。どうどう、落ち着いて。このひと……ひと? キョウさんはわたしたちの味方だよ。
「だいじょぶだから、ホントに!」
「だが……」
『説明してほしいのはこっちのほうなんだけどな~。ソダールやジフ・オンから面倒見てやってほしいって頼まれた女の子の反応がさ、急にふたつになるんだもん、ビックリするじゃない? しかもなぜか、渡した覚えもない私の力の分身を持ってるし。いきなり呼び出したのは悪かったと思うけど、ちゃんとわかるように説明してくんない?』
キョウさんも、ワケがわからずに困惑しているみたいだった。わたしはもちろん事情を説明した。ゼリーさんにも話すつもりだったしね。
だから、わたしは時間を遡っちゃうタイムリープ(?)をしてしまったキッカケとして、ジャムが目を覚ましたところから話し始めた。
無理やり結婚させられそうだったところをジャムのおかげで抜け出してきたこと、エクレア先生の協力でゼリーさんの村まで追いかけていったこと。ソーダさんから伝言を受け取ったこと、火山の島まで行ったこと……そこでクロッカちゃんと出会って、ゼリーさんの死を聞かされたこと。
『じゃあ、アスナは直接ジェロニモの死体を見たわけじゃないんだね』
「うん。クロッカちゃんも、火口へ行ったことは知っていたけど、ジェロニモさんを取り返すことはできなかったって言ってた」
『ジフはなんて?』
「火の精霊のおばあちゃんだっけ? 特に何も……言ってなかった気がする」
『そう、か……』
キョウさんは何かを考え込んでいるみたいだった。
「わたしはね、帰ることになったの。元の世界に。キョウさんにはそれができるって言われて、連れて行かれた」
『そうなんだね。だからこそ、君は私を知ってたんだ。そして私は君のために次元の裂け目を開いて、君を過去へと送った。連絡手段の鏡を持たせてね』
「あ、でも、鏡のことはわたし、知らなかったんだけど? 急にポケットが光ったからビックリしちゃった! ゼリーさんは脱がせようとしてくるし!」
「危険物だと思ったからだ」
『ごめんごめん、たぶん勝手に入れた』
もう! 本当に焦ったんだから!
って、こっちのキョウさんに怒ってもしょうがないんだけどさ。
『あ〜、とにかく、ね。結論から言うと、ジェロニモくん、君、死んでない』
「へっ!?」
「…………」
『アスナがここに連れてきちゃったから、死んだものと思われてるんだよ、コレ。今、もうひとりのアスナとソダールがジフの島についたところだ』
「ええっ!?」
そんな……じゃあ、わたしが何もしなくても、ゼリーさんは助かってたんじゃ……。
一瞬、視界が真っ暗になった気がした。ゼリーさんがわたしを支えてくれなかったら、しりもちをついちゃってたかもしれない。
『あ、ごめん。言い方が悪かったね。今は死んでないってことさ。アスナが戻って止めなきゃ、フツーに死んでたよ。火山で』
「あ、そうなの……」
『何のために火口に入ったのさ? そういえばそこんとこ、まだ君から聞いてないよね、ジェロニモ』
「…………」
真夜中の草原で、わたしの向かいに座っていたゼリーさんは、前髪をクシャッとさせながらため息をついた。
「……シャリアディースの、影響を断つために」
そうだったね。シャリアディースの言いなりになる人生を、ゼリーさんは自分で終わらせた。一応、死ぬつもりはなくて、分が悪い賭けに出たって感じではあったみたいだけど。
そこについては、わたしもゼリーさんの口から聞きたい。
「詳しく教えて。ゼリーさん」
「……シャリアディースと、昔、契約を交わした。死にかけていた、友を助けるために……。だが、まだ幼かった俺は、かなり不公平な契約を結ばされたようだ。こちらからは何一つ干渉できず、命令には逆らえず、契約のことを俺から口に出すことができないような……そんな契約だ」
「ひどい……。知ってたけど、ホント、ひどいよね……」
「……あの国はヤツの完全な支配下にあったこともあり、大したことは命じられてこなかった。だが、今は状況が違う。陛下の誘拐とその失敗、そして追われる身となったヤツが、このまま何もせずにいるとは思えない」
ゼリーさんはギュッと握りしめた拳を見つめて言葉を続けた。
「そのいざというのがやってきたとき、自分がヤツの手駒として使われることに、耐えられそうにない。大切な物を自分で壊すのは、ごめんだ……」
「ゼリーさん」
『けど、どんなに不公平な契約でも、契約は契約。一方的には破棄できないよね。……ああ、だからか。君はシャリアディースと正反対の属性を持つジフの炎で、契約に使われる魔法的な繋がりを無理やり絶とうとしたんだね』
「それがさっきゼリーさんの言ってた、影響を断つためってやつなのね」
『そうさ。なるほどね〜。よく考えたと思うよ、実際。シャリアディースの契約を反故にできるのなんて、本人かもしくはシャリアディースより上位の精霊じゃないと無理だもの。ジフは契約を重んじるから協力してくれないだろうしさ。シャリアディースより強いと言えばシャリアディースを生み出したシャーベだけど、寝てるし、会いに行くのも難しいしね』
「キョウさんにはできないの?」
『まぁ無理だね。だって系統が違うし』
「そっか」
残念だけど、しょうがないね。でも、だったらどうすればいいんだろう。
『会いに行ってみたら? シャーベでもシャリアディースでも』
「えっ?」
シャリに?
あの酢飯野郎に!?
『あと、アスナは忘れてるかもしれないんだけどさ、過去の君が来るよね? それまでは君たち、絶対に彼らに見つからないところへ隠れててほしいんだよ』
「へ?」
『じゃないと、過去が変わっちゃうじゃん』
「あ〜。そっか。今なら、わたしがふたりいるだけで済んでるんだ」
『そゆこと。ジェロニモがどうなったかは、他の誰にもわからないことだったから、その改変は世界に影響を与えなかった。でも、アスナがふたりもいたらさすがにおかしいでしょ』
確かに。
ということは、過去のわたしがここに来て、キョウさんに送り出されてからじゃないと、わたしもジェロニモさんもみんなのところへ戻れないんだ。
「どうしよ……。わたしたち、たぶんたっぷり二週間くらい別れを惜しんでから出発したよ?」
『ふ〜ん。じゃ、頑張ってね』
は、薄情者……。




