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わたし、異世界でも女子高生やってます  作者: 小織 舞(こおり まい)
ルート:ジェロニモ
269/280

分岐点 6

 エクレア先生は、わたしの背中をトン、と優しく押さえて、家の中へ招き入れてくれた。きっとわたし、すごく酷い顔をしてたんだろうね。


 温かい居間で、甘い紅茶をいただいていると、涙が止まらなくなっちゃった。先生はそんなわたしを、黙って見ないフリしてくれたの。


「先生、お茶をありがとうございました。もう、大丈夫です」

「いいえ。それより……何か、聞きたいことはありませんか? それとも、話したいことは? 私で良ければ、力になりますよ」


 先生は静かに微笑んでいた。

 わたしとゼリーさんの間に何があったのか、何が起こったのか。先生だって知りたいに決まっているだろうに、先生はわたしの気持ちを優先してくれている。でも……。


 わたしが黙っていると先生は続けて言った。


「お恥ずかしい話なのですが、ジェロニモがここを離れて実家に戻ると言い出したとき、正直、いい気分はしませんでした」

「えっ?」

「これまで、ジェロニモは自分のことをほとんど話しませんでした。寂しいとか、そういう気持ちは彼にだってあったはずなのに……。だからと言うか、考えが浅い話なのですが、ジェロニモが仕事を辞めてあちらに戻る可能性を、万に一つも認識していなかったのですよ、私は」


 先生は寂しそうに笑った。ううん、もしかしたら、自分で自分のことを笑ったのかもしれない。でも、そうだよね。離れ離れになることなんて、考えるわけないよね。ずっと一緒に育ってきて、仕事のときも一緒にいたのに。


「実家に戻れるようになったとしても、それは帰省程度に留めて、こちらで勤めてくれるとばかり信じていましたし、そう提案してもみました。……でも、彼は思い直してはくれなかった。薄情だな、と思ってしまったんです、私は。戻るにしても、もう少し側にいてくれてもいいのではないかと、彼を責めてしまいました」

「それは……」

「口にした後で、悔やみました。ジェロニモにあんな顔をさせたいわけではなかったのに。私も退院したばかりで、少し、おかしかったのかもしれませんね。裏切られたような気持ちになってしまった」

「先生……」

「でもね、アスナさん。さっきあなたが訪ねてきてくれて、あなたがジェロニモからの手紙を読んだとき、私の中のモヤモヤは氷解しました。ジェロニモがここから去ったのは、あなたのためですね」


 ストン、と、胸に矢が刺さったような気がした。

 それは無意識に考えないようにしていた「答え」だったから。


「あなたと陛下が結婚して、寄り添う姿を見ていられなかったんだと思います。だから、逃げた。私はまだ登城を許されていませんから、詳しいことはわかりません。でも、陛下が用意された馬車であなたがここへやってきたということは、結婚のお話はなかったことに?」

「は、はい、そうです! わたしは、ジャムとは結婚しません!」

「ジェロニモはなぜか、あなたの結婚話をかたく信じ込んでいました。追いかけて、誤解を解くべきなのじゃないかと、私は思います」


 そうだ……!

 本当にそうだ! わたしがしなくちゃいけないことは、今すぐ、ゼリーさんを追いかけることだ!


「すみません、先生、わたし……!」

「行くなら、準備を。私のヴィークルで良ければ、お貸ししますよ、アスナさん。それに、伝書機も」

「いいんですか?」

「もちろん。あなたは私たちの大切な客人であり、ジェロニモの大切なひとであり、そして、私の友人なのですから。そう思っていても、許されますか?」

「……はい! 嬉しいです。すごく!」


 エクレア先生は、こんなときもすごく紳士的だ。わたしは胸がいっぱいになってしまって、先生に差し出された握手の手を、思わず両手で握ってしまった。


 伝書機を借りて、まずはゼリーさんのところへ届けることにした。色々悩んだけど、文章じゃなくてメッセージを吹き込む。


「ゼリーさん。わたし、手紙読んだよ。あのね……わたし、ジャムとは結婚しないから。わたしが好きなのは……ううん、会ったときに言わせて。今から会いに行くから!」


 ほぅっと息を吐き出して、胸を撫で下ろす。

 緊張したぁ!


 でも、これで後はゼリーさんに会うだけになった!


「よし!」

「アスナさん、これを」


 伝書機を窓から飛ばし終えたわたしに、先生が大きめのリュックサックを差し出してきた。よくわからないまま受け取ると、先生はさらにお財布をくれた。


「先生、これ!」

「これは殿下からの預かりものです。まだお渡ししていなかった、お小遣いだそうですよ。それと、ジェロニモに渡し忘れていたお金も入っていますから、どこかに寄って昼食や必要なものを買ってくださいね。手土産もあった方がいいかもしれませんね」

「でも……」

「このカバンは私のもので恐縮ですが、使ってください。あちこち寄るより、この方が早い。さぁ、もう行って。ジェロニモをよろしくお願いします」

「ありがとうございます、先生!」


 玄関の前には、もうヴィークルが用意されていた。さっそく乗り込んで、座席の真ん前にある水晶球に手を置く。ゼリーさんと一緒に乗ったから、動かし方はもうわかってる。


「アスナさん、お気をつけて」

「はい! いってきます!」


 手を振って見送ってくれる先生に手を振り返して、わたしはヴィークルを動かした。先生に言われた通り、街に寄って買い物を済ませて、海の方へ。


 しばらくは本当に正しい方向に来ているのか心配になったけど、高い場所を飛んでいったから、見覚えのある山を見つけて軌道修正したりして、何とか辿り着くことができた。


 砂浜にヴィークルを停めて、村まで走っていく。ゼリーさんの家まで行く途中で、なぜかそこにいたソーダさんに呼び止められた。


「アスナ、待っておくれ。ジェロニモなら、いないよ」

「えっ……」


 ソーダさんが差し出す掌には、わたしが飛ばした伝書機が載っていた。


「どうして……」

「ジェロニモから、伝言を預かっているんだ。聞いてくれるかい」


 胸がズキンと痛んだ。

 嫌な予感がする……。


「わたし、ゼリーさんに会いに来たの。留守かどうかは、自分で聞きに行くから、いいよ。帰ってくるまで、待ってるつもりだし……」

「ジェロニモは帰ってこない。ジェロニモの家族に迷惑をかけては、ダメだよ」

「なんで! どうしてそんなこと言うの!? そんなの、ソーダさんに関係ないじゃん!」


 ソーダさんは、わたしの八つ当たりを優しい微笑みで受け流していた。少しだけ、悲しそうなその笑顔に、どんどん胸がくるしくなっていく。


 ゼリーさん……!

 どうして、いないの……! どうして、ソーダさんに伝言を? わたしのメッセージは、聞いてくれてないの?


「ジェロニモからの伝言を、伝えるね。伝書機を、耳に当てて?」


 ソーダさんはそう言って、伝書機を再生した。

 ゼリーさんの低い声が、耳に流れ込んでくる。


『アスナ……。俺では君を、幸せにはできない。家族のもとへ帰るんだ。それが、一番だと思う。君には会えない。だから……俺を探さないでくれ』


 ……ひどい。

 久しぶりに聞いた言葉が、こんな、悲しいものだなんて。


 帰れって、言うの?

 わたしの気持ちを、聞きもしないで?


 幸せって、なんだろう。

 わたしの幸せって……?


「アスナ……」

「ごめん、ソーダさん……。今は、ひとりにして……」


 ソーダさんは、わたしの手に伝書機を握らせて、そのまま離れていった。風が、わたしの髪の毛を吹き上げて消えた。


 わたしはひとり、浜辺に行って海を眺めて過ごした。

 泣きたいはずなのに、涙は流れてくれなくて……。何も考えられないまま時間だけが過ぎていった。


 夜が来て、星の明かりがゆっくり流れていくのを見上げた。

 だんだんと空のグラデーションが明るくなっていく。藍色から紫、橙、ピンクに白……。


「ソーダさん、いるの?」

「……ああ。いるよ」

「そう」


 わたしの中にある感情が、ひとつにまとまっていた。

 わたしは答えを見つけたの。




 わたしは……


▶【帰る】

▷【帰らない】


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