お城を後にして
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ようやく泣き止んだわたしは、ジャムに事情を説明した。いきなり結界が消えてジャムたちがいなくなったと聞いたこと、結界が持っていた厄介な性質と、ゼリーさんの村の話を。それから、五年前から行方がわからなくなっていた、パフェさんたちのことも。
五年前、パフェさんとマフィンさんは結界を修復するために旅に出て、帰ってこなかったんだと最初はそう聞いてた。けど、本当は国民から魔力を吸い上げている結界を破壊するために出たの。でも、結界には厄介な能力があって、結界に触れてしまった人間の生命を奪って傷ついた箇所を修復してしまう。シャリアディースは、ぜんぶわかっていてふたりを送り出した……。そのことも、ジャムにはちゃんと伝えた。
パフェさんとマフィンさんと出会ったことで、ジャムの居場所がわかったこと。それはもう亡くなったエクレア先生のお祖父さんが遺していた手記のおかげだったということ。それから……。
「ジャムを眠らせたシャリアディースがね、その眠りを覚ますためには、『真実の愛』が必要だって、言ったんだって」
「真実の、愛……」
「そう。でも……。でもね、ごめんなさい、わたし……」
わたしは顔を上げて、ジャムの目を見た。
澄んだ青空みたいな瞳が、じっとわたしを見返してくる。そこにいつもの笑みはなくて。胸が、痛んだ。
でも、わたしが泣くのは、あんまりにも卑怯に思えたから……。わたしはぐっと目に力を入れて、声が震えないようにと願いながら言葉を口にした。
「ジャムが目を覚ましたのは、わたしのおかげなんかじゃないと思うの」
「それは……つまり?」
「ごめんなさい。わたしの心は、あなたに、ない。わたしの好きなひとは……別にいるんだ」
ジャムは、顔色を変えずにわたしを見ていた。
わたしは目を逸したい気持ちを抑えつけて、その視線を受け止めていた。
周りのひとたちは、無責任にジャムの帰還を、わたしたちの結婚を祝う。
でも、わたしの気持ちは。ジャムの気持ちは?
ジャムがわたしをどう思ってるのか、それを聞く前に自分の心だけを打ち明けるわたしも、ズルい。そんなのわかってる。けど、たとえ怒られたとしても、もう口も聞いてくれなくなったとしても、ちゃんと言わなくちゃいけないことだから……。
ジャムは、息を吐き出して、それから少し笑った。
「そう、か。それは、しょうがないな」
「ジャム……」
「オレ自身、『真実の愛』なんてものがあるとは、あんまり思ってなかったしな。きっとディースの嫌がらせか何かで、アスナが何もしなくても、そのうち目が覚めたんじゃないか?」
ジャムの答えは、わたしの出した結論と同じで、そうやって納得してくれたこと自体はむしろ喜ぶべきことなのに、何でか胸の痛みは消えてくれなかった。
今度こそ絶対に泣かないって、そう決めたハズだったのに、わたしの目からは涙がポロポロこぼれ落ちていた。慌てて手の甲で拭っていると、ジャムの手が伸びてきてわたしを止めた。
「こするな。目が赤くなるぞ」
「で、も」
「いいから。我慢せずに泣いていい。ずっと、誰にも言えずに、ひとりで頑張ったよ、アスナは」
「ううっ……」
「心細かったよな。よく知らない大人に囲まれて。不安だったよな……。でも、もう大丈夫だ。オレが、アスナを守るから。もう誰にも、アスナを傷つけさせたりしない」
「ジャム……。どうして? どうして、わたしにそんなに優しくしてくれるの……?」
「アスナが、一生懸命だからだ。アスナが、オレに優しくしてくれたんだ。オレの親父や、おじ上や、キャンディスの気持ちを考えてくれただろ? そんなアスナだから、オレは……」
わたしを抱きしめるジャムの腕の力が強くなった。何だか、ジャムが震えているように感じた。もしかして、ジャムも、泣いてるの……?
わたしはジャムに抱きしめられながら、ジャムのことを抱きしめた。ジャムの胸に顔をくっつけて。
ドキドキしている心臓の音が聞こえる。
その温かさが、息遣いが、ジャムが確かに生きていると感じさせた。
ああ、でも。
目を閉じると、ゼリーさんのことばかり考えちゃうの。
……おかしいよね。わたしたち、こんなに近くにいるのに、心は、重ならないんだね。
ごめんね、ジャム。
本当に、ごめんなさい……。
誰のための涙なのかわからないまま、わたしたちはしばらくそうやって抱き合っていた。
★ ☆ ★ ☆ ★
会議室を抜け出したわたしたちは、お城の階段を手を繋いで駆け下りた。玄関ホールを出ると、いつの間に用意されていたのか、白馬が繋がれた豪華な馬車がスタンバイしていた。
「ジャム、これ……!」
「ああ、アスナのために用意した。これであいつのとこまで行くといい。ちゃんと行き先まで指定してやったんだぞ」
「ありがとう!」
わたしは馬車のステップに飛び乗って、乗り込む前に振り向いた。ジャムも、ドーナツさんも、優しい笑顔でわたしを見上げている。
「ジャム!」
「うん?」
「大好きだよ! いってきます!」
「……ああ。オレもだ。行ってこい!」
笑顔で手を振って、ふたりと別れた。ゼリーさんのいるエクレア先生の家まで送り届けてもらう。もう、かれこれ十日は会っていないし、伝書機での連絡も取り合ってない。
「いきなり行ったら、ビックリするかな……。それとも、ジャムのことだから、もうわたしのこと、伝えてくれてたりして!」
心臓がドキドキする。ようやく、会えるんだ!
ゼリーさんに何て言おう? ようやくハッキリ自覚した、この、想いを伝えたい。
「ゼリーさん……ううん、ジェロニモさん。やっと、ここまで……!」
それなのに。
それなのに、ゼリーさんは、エクレア先生の家にはいなかった。出迎えてくれた先生は、困ったようにわたしに言った。
「すみません、アスナさん。ジェロニモは……もうここにはいないんです。生まれた村へ、戻ったんですよ」
「そんな……!」
「あなたに、手紙を預かっていますよ」
「…………」
震える手で、封筒を開いた。
そこにあった文字を、何度も、何度も読み返す。
少し角張った、大きめの文字。なぜか読める、こっちの言葉。じっと見つめても、そこには、たった一言しか書かれていなかった。
「アスナさん、ジェロニモは、何と?」
わたしの反応を見て、先生は不安そうに聞いてきた。そりゃ、そうだろうね。手紙見て、固まってるんだもんね。
封筒に入っていたのは、一枚の便箋だった。二つ折りにされたそれには、たった一言だけ。
『結婚おめでとう』




