ジャムの優しさ
「法律を曲げるのも、オレの心を曲げるのも、どっちも同じだろう! それに、親父を玉座に戻すことは無理でも、摂政として据えることはできるんだ。オレが降りた方がいいと思う者もいるんじゃないのか? 血筋と言う意味ではアーシェイ、貴殿は要件を充たしているしな」
「そんな、陛下!」
「陛下、お考え直しください」
「黙れ! オレの案もそちらの案も、子をなせという意味でまったく一緒のはずだろう? 違うか? そもそも、ディースがいなくなった途端にしゃしゃり出てきて今までも忠臣でしたと言わんばかりの面構えをしているお前たちにはウンザリだ! オレのやり方に従えないのなら出ていくことだ。幸いにも、今なら邪魔立てする結界もない、その優れた政務の腕前とやらで他国へ渡り、身を立てるがいい!」
怒り狂ったジャムが一喝すると、気持ちの悪くなるような重い沈黙が残った。わたしは今まで、どっちかと言えば「ジャムは部下の人たちに遠慮しすぎ! そんなに下手に出ることないのに」って思ってた。実際、部下の大臣たちもジャムのことを舐めてる感じがしてたし。
でも、ジャムは変わった。変わったっていうか、変わらざるを得なかったのかも。だって、大臣たちはジャムの意思をちっとも尊重してくれないんだもん。妥協案を出しているジャムの意見に耳を傾けもせず、ただ自分たちの思い通りにさせようなんて、普通に考えて通るわけないよね。当り前でしょ。
「アスナ」
おっと、ジャムがこっちを振り向いた。何かな。わたし、この空気に耐えられなくなってきたとこなんだけど。
「出よう。これ以上、ここにいる意味はない」
「わかった」
よかった、出られる!
わたしはもちろん大喜びでジャムについて部屋を出た。
ジャムが目覚めてから一週間、ここまで強く言い切ってくれたんだから、今度こそこの不毛な会議も終わるだろう。……終わってほしい、切実に。そうなったらようやく、ゼリーさんともゆっくり話ができるし、またあの村にも行ける。今度はたくさんお土産を持っていこう!
話はジャムが目覚めた日に遡る。ジャムの意識が戻ったあのとき、もうすでに夕方近くだった。呪いの効果なのかわからないけど、ジャムはすぐに起き上がれるようになったし、話し方もしっかりしていた。もちろん、そのまま「よかったね」で終れるわけもなく、わたしはお城に足留めされたままだ。
その日のディナーはジャムを囲んで、わたし、キャンディ、パフェさん、それにキャンディパパのアガレットさんがテーブルについた。もちろん部屋にはマフィンさんが控えていて、その隣にはドーナツさんも嬉しそうな顔で立っていた。
そこでの話は当然、ジャムがいなくなったときの状況と救い出したときの話、そして……。
「オレを目覚めさせたのは、アスナの『真実の愛』? そんなこと、有り得るのか? アスナに魔法は使えないだろ」
ジャムが不思議そうに言う。それに答えたのは、わたしじゃなくてアガレットさんだ。
「いや〜、あのシャリアディースのかけた呪いの解除方法なんだから、もう何でもアリという気はするよねぇ。それにしてもロマンチックだ! オースティアン様とアスナちゃん、実にお似合いだよ。ねぇ、パルフェイド?」
「そうだな。今から式が待ち遠しいくらいだ」
「父上!」
…………あまりのことに喉がおかしな音を立てるところだった。
ジャムの抗議する声が、水を通したみたいにぼんやりと聞こえる。
「どうした、ジェム。いや、わたしもアスナに倣ってジャムと呼ぼうか」
「ご冗談を。それはやめていただきたい」
「おお、それはすまない」
「いや〜、これは仲の良さを見せつけられましたな。特別な名は愛しい女性からだけ呼ばれたい、そういうことだよパルフェイド」
「はは、違いない」
「そうではなく。私は目覚めたばかりで、まったく状況についていけていないのです。父上が戻られたことも、嬉しいのは確かですが戸惑いが大きい。アスナとも、まだふたりきりで話してもいないのに、もう式の話をしている。……気持ちの整理がつきません」
冷やかす格好だったアガレットさんとパフェさんのふたりは、ジャムの沈んだ声のトーンに思うところがあったのか、真面目な表情になって顔を見合わせた。
「性急過ぎましたな、すみません、オースティアン様。パルフェイド、ここは若いふたりに場を任せようか」
「そうだな。邪魔な年寄りは退散しよう。おっと、花も恥らうお嬢さんもいたね。キャンディス、良かったら向こうで食後のお茶に付き合ってはもらえないかな?」
「もちろん、喜んでご一緒させていただきますわ、伯父様」
キャンディは心から嬉しそうにそう言って立ち上がった。そして談笑しながら部屋を出ていく。そのとき、わたしの肩にそっと手を置いてから出て行った。
それがどんな意味を持っていたのかは、わからない。だって、わたしはキャンディの顔を見ることができなかったから。泣き出さないよう、愛想笑いを浮かべることに必死で。でも、それだって上手くいってるか自信がなかった。
ジャムはお皿を下げてテーブルをセッティングし直そうとする係の人を止めていた。
「このままでいい。何も片付けなくていいから、今すぐふたりにしてくれないか。オールィドも、頼む」
そうやって、本当にふたりきりになると、ジャムはわたしの隣に椅子を持ってきて座った。近い距離から顔を覗き込まれて、手を握られる。
「大丈夫か、アスナ。顔が真っ青だ。手も、こんなに冷え切って……。具合が悪いのか? それとも、やっぱり親父たちのせいか? ごめんな、あんなだけど、悪気はないんだ……たぶん」
「ジャム……。ジャム、わたし……」
言うべきことがたくさんありすぎて、何から話していいかわからない。言葉の代わりにあふれてくるのは涙で、我慢しようとすればするほど、喉がおかしな動きをしてしまう。
ジャムはそんなわたしに優しい目を向けて、背中を撫でてくれた。
「大丈夫だ。もう、大丈夫だからな。アスナはよく頑張った。つらい気持ちはすべて吐き出してしまえ、オレが受け止めるから」
「……!」
その言葉に、わたしは今度こそ泣き出してしまった。




