変わらない日々
連れてこられたのはお城の中、ジャムの部屋だった。ベッドに寝かされているジャムは、普通に眠っているように見える。
「時間はいくらかかっても構わない。必要な物も何でも揃えよう。貴女に求めていることはただひとつ、陛下をお目覚めさせることだけだ。よろしいか」
「……はい」
マフィンさんが事務的な口調で言う。わたしは頷くことしかできなかった。だって、わたしはジャムの婚約者なんだから。自分でそう言ったんだから、今さら取り消しなんてできるワケない。
誰に出会うこともなく、追加の状況説明なんてもらえるハズもなく。わたしはジャムとふたり、部屋に閉じ込められた。そして、そのまま三日が過ぎた。
「時間はいくらかかっても構わない」っていうマフィンさんの言葉通り、変に催促されたり、寝ずに何かさせられたりということもなかった。食事やお風呂は言うまでもなく、散歩も許してもらえているし。ただ、マフィンさんの監視付きだけどね。
許されないのはお城の外へ出ることと、他の知り合いに会うこと。伝書機もダメ。わたしは徹底的に隔離されて、孤立されられた。
そんな生活の中で、ジャムのお父さんであるパフェさんだけがわたしに話しかけてくれる。パフェさんはジャムの世話をしたり、顔を見に訪ねて来れる唯一のひとだから。
「アスナ、世話をかけるな」
「いえ……」
「あれから何度もジェムに話しかけたり触れたりしているが、まったく反応がない。おそらくと言うかやはりと言うか、『真実の愛』とやらは親子の情では充たされないものらしいな」
「まるで嫌がらせみたい。……あっ、ごめんなさい」
「いや……、構わんよ。あやつは他人の嫌がるツボをよく心得ているからな。本当に、厄介な呪いを残していったことだ」
呪い……。
確かにこれは、魔法と言うよりは呪いに近いのかもしれない。魔力切れに似ているというのに、魔力を当てても目覚めないし、目覚めさせるのに条件がついているし。しかも本当に魔法を解かせる気があるのかっていう条件が。
ひとつ気になるのは、同じような状態のエクレア先生はいったいどうなったのかということ。無事に目が覚めたのかな? それとも、まさかそのまま?
ベッドに横たわったエクレア先生を見つめていた、ゼリーさんの表情を思い出して胸が痛くなる。どうか回復していてほしい……。
「あの、パルフェイドさん。ひとつだけ教えてください」
「何だい」
「アルクレオ先生は、どうなりましたか? 何か聞いていませんか?」
パフェさんは一瞬、少し意外そうに目を見開いて、それから優しく微笑んだ。
「ああ! アルクレオならもう大丈夫だ、今朝、無事に目を覚ましたよ。まだ入院しているものの、もうすでに動けるようになったらしい。特に異常も見つからないと聞いているし、すぐに元の生活に戻れるだろう」
「良かった! ホントに良かった……!」
「アルクレオは君の恩師にあたるのだったかな?」
「はい! ここに来て何もわからなかった頃から面倒見ていただいてきたんです。ジャム……オースティアン陛下が、わたしのことを先生に任せるって言って。お城から学園に移ってくださったんです」
「ああ、そう言えばそんな話を聞いた気もする。あれのワガママのために、アルクレオには余計な気を遣わせてしまった」
「そんな」
反論しようと口に出した言葉が、思った以上に責めるような響きを持っていたことに戸惑った。でも、一歩踏み出して最後まで言い切る。
「陛下はわたしのためにアルクレオ先生に頼んでくれたんです。先生も理解してくれました。それがワガママなんだとしたら、言わせてしまったのはわたしで、陛下は悪くありません」
「すまないね。そういうつもりではなかったんだが」
寂しそうに笑って、パフェさんは続けて言った。
「ここに来るまで、君は普通の子どもだったということを失念していたよ。その君に、堅苦しい喋り方をさせてしまっているのも心苦しいね。
どうか、ジェムのことは変わらず愛称で呼んでやってくれないか。特に、ここでは何の遠慮も必要ないことだし。私へもへりくだった言葉を使う必要なんてない、私たちは家族なのだから。君の言う、『ジャム』という響きが、耳に心地よくて私は好きだよ」
わたしは、何も返せる言葉がなかった。わたしとジャムは、パフェさんが思っているような関係じゃない……。
ジャムとふたりきり、取り残された部屋で、わたしはベッドに横たわるジャムの手を握った。スヤスヤと気持ちよさそうな寝顔。すぐにでも目を覚まして、いつもみたいに軽口でからかってきそうなのに。
「ごめんね、ジャム……。わたしじゃ、無理だよ。だって、だってわたし……!」
何も知らずに眠り続けるジャム。わたしはジャムに何もしてあげられない。だって、わたしの心にいるのはゼリーさんなんだもん。いつも無口で、何考えてるかよくわからないけど、仕事に真面目で家族思いの、大きなひと。
最初はとっつきにくかったけど、一緒にいるのが心地いいの。気がつくと、さりげなくサポートしてくれていた。見守ってくれていた。いつからだろう、あの無表情の中に優しさを感じ取れるようになったのは。
「会いたいなぁ……」
願望を言葉にしたら、会いたい気持ちが止まらなくなって、涙があふれてきた。わたしたち、これからどうなっちゃうんだろう。もう二度と会えないのかな。ゼリーさん……。




