お見舞い
ノックに応えて出てきたのはカーリー先生だった。いつもより青白い顔、疲れ切って淀んだ瞳。わたしたちを見たカーリー先生はとたんに泣きそうな顔になって、バッと腕を広げて抱きついてきた。
「アスナちゃん!」
「わっ」
「……離れろ、カール」
「ジェロニモちゃんも! よかったわ、帰ってきてくれて〜〜!」
ゼリーさんにバリッとはがされたカーリー先生だけど、特に気にしてない様子でしゃべりだした。
「今朝のことなんだけど、アタシたち、ジェロニモちゃんたちを追いかけて行くつもりだったのよ。それが、何の前触れもなくバタンと倒れちゃって。魔力切れの症状かと思って急いで病院へ運んだのよ、処置だってちゃんと受けたの。だっていうのに、魔力を当ててもちっとも良くならないのよ!」
「カール」
「原因不明で対処法がないの。どうしよう、もし、ずっとこのままだったら……!」
カーリー先生の目許がギュッと歪む。ずっとこのまま、って……寝たきりってこと? そんなの、嫌だ。そんなの絶対……!
「ともかく今は何の打つ手もなくて、交代で兄さんの様子を見守っているところよ。父さんと母さんは一旦戻ってて、アタシひとりだったの。さ、中に入って、兄さんに顔を見せてあげてちょうだい」
カーリー先生に言われて、震える足で病室の中へと入っていく。広くて清潔な病室には花が飾られていて、ひとつしかないベッドにエクレア先生が眠っていた。酸素マスクみたいなものが取り付けられていて、ドキリとする。
「アルクレオ……」
ゼリーさんが先生の名前を呼んで、その頬に手を触れる。それだけで、ゼリーさんがどんなに先生のことを大切に思っているのかがわかった。
できることなら、どうにかしてあげたい。エクレア先生を早く目覚めさせてあげたい。ゼリーさんのためにも。
「ソーダさん、どう? 見て何かわからない? 先生は今まで普通の人だったのに、シャリアディースがいなくなったと思ったら急に倒れちゃうなんて、絶対おかしいと思うの」
「ん〜〜。どうだろう、私にはやっぱりよくわからないなぁ。魔力切れなのは確かだと思うんだけど……」
ソーダさんは「お手上げ」って感じで肩をすくめた。せめてシャリアディースの仕業なのかどうかだけでもわかれば嬉しかったんだけど、仕方がない。
やっぱり闇の精霊であるマカロンさんに見てもらうしかないのかな? でも、どうやって会いに行く? 今どこにいるんだろう。わたしが考え込んでいると、ソーダさんが「う〜ん」とうなり声を上げた。
「これ、気になるなぁ。気になるよねぇ? カロンに聞きに行ってこようかな。あ、これは別にお願い事叶えるとかじゃないけど、もしも気になるなら結果を教えに来てもいいよ」
「お願い!」
「うんうん。じゃ、またね〜」
ソーダさんは風のように去って行ってしまった。お礼すら言わせてくれずに。側で見ていたカーリー先生が戸惑ったようにつぶやく。
「なに、あのひと……。誰だったのかしら」
「カーリー先生、あのひとは大丈夫、いいひとだよ。風の精霊なの」
「へっ? せ、精霊? ホントに!?」
「うん」
「うっそ、初めて見たわ〜〜。まさか実在するなんて……」
カーリー先生はお上品に手を口許にやってそう言った。驚き方が可愛い。乙女か!
結界がなくなるまでソーダさんてばこの国に入ってこられなかったもんね。言い伝えでは知ってても、直接会ったことがなくて周りの人からも見たって情報を聞かないんじゃ、信じられなくても無理はないかも。
「アスナ、すまないが少し席を外す。カール、来てくれ」
「わかったわ。じゃあ、アスナちゃん、兄さんをよろしく頼むわね」
「えっ、うん……いってらっしゃい」
難しい顔をしたゼリーさんがカーリー先生を連れて部屋を出ていってしまって、わたしはひとり残された。ベッドサイドの椅子に腰掛けて、エクレア先生の寝顔を眺める。
「先生、早く、目を覚まして……。パフェさんが、先生には魔力がないって言ってた。わたし、知らなくて……。だから今も眠ったままなの? ねぇ、先生……」
拭っても拭ってもあふれてくる涙を振り払うように頭を左右に振る。わたしが泣いてちゃダメだ。わたしが泣いてたって、なんの解決にもならない。
でも……。
胸の中に不安がポコポコと泡を立ててるの。
ジャムがいなくなって、ドーナツさんも皆も怖い顔してて。ゼリーさんもつらそうで、苦しそうで、それなのにわたしは力になれない。魔力が必要なだけなら、わたしの魔力を分けてあげられるのに!
先生の手を握って、少しでも魔力を分けてあげられないかと念じてみる。わたしのステータスを見たら、魔力はほとんど回復してた。だから、たくさん分けてあげられるの。だって、わたしの魔力が残り1%だったときだって、普通の男の人と同じくらいあるって言われたんだもん。
だから、ね、先生……。
目を覚ましてちょうだい。
わたしは目を閉じて祈った。




