ゼリーさんの契約の話
申し訳ありません! 前回、ネタバレ登場人物紹介を上書きして新しい話を更新したため、更新情報がポップアップされていなかったと思います。読み逃しにご注意ください。
シャリアディースを殺したら、マフィンさん自身の命が危ないって、どういうこと? 何か理由がある? だからマフィンさんは自分の代わりに、ドーナツさんにシャリアディースを殺させようとしていたの?
「伝書機はどこにやったかな。……ああ、これだ」
パフェさんが慌ただしく家の中へ入っていったかと思うと、またすぐに出てきた。その手にあるのはゼリーさんがマフィンさんに渡していた伝書機だ。そういえば、渡したっきりになってたんだね。
パフェさんが伝書機に声を吹き込む。
「フィン、無茶をして……。シャリアディースを見つけても決して殺すな。これは命令だ。最優先はジェムの命、そしてお前たちの命だ」
ドキッとした。
その真剣な声に。それが持つ意味に。
わたしが固まっている間に、伝書機はパフェさんの手を離れて海の方へと飛んで行って、見えなくなってしまった。
「あ、の……、フィンさんの命がどうなるかわからないって、どういうことなんですか?」
ようやく絞り出したわたしの声はかすれていた。
死ぬかもしれない……殺されるかもしれない。あの、シャリアディースがふたりを手にかけるかもしれない? 確かに嫌なヤツだし、何考えてるかわからないところがあるけど、あのシャリアディースが……?
わたしには信じられなかったし、信じたくなかった。でも、パフェさんの表情も、ゼリーさんの顔色も暗い。
「もう、五年も前になるか……。私とフィンは奴の専横に耐えかねて国を出た。何よりあの結界を打ち壊すために。そしてこの村の人々と出会い、話を聞きに結界を越えたところ、戻れなくなってしまった。なぜ、直接シャリアディースに挑まなかったと思う?」
そんなこと聞かれても、困る。
戸惑うわたしに構わず、パフェさんは続けた。
「簡単な話さ、我々もまたシャリアディースと契約を結んだからだ」
「えっ!」
「私が生まれたときからシャリアディースはずっと私と共にいた。幼い私を丸め込み、危害を加えられないような契約を結ぶことは、奴にとっては至極簡単であったろうな。それに……我が妻の容態を少しでも安定させるため、あの結界から彼女を守る契約を結んでしまったこともある。それはフィンも同じだ。だから、我々は奴に容易に手が出せないのだ」
「何それ……自分の奥さんを守るために契約を結んだ、って。それじゃ、他のひとは? 同じように結界に魔力を吸われて苦しんでるのに、自分の奥さんだけ見逃してもらったってコト!?」
何それ!
家族が苦しんでるのを黙って見てられない気持ちは、わかるよ。でも、このひとは、パフェさんは王さまだったのに! 結界のことを知ってて、シャリアディースを止められる立場にいたのに! それなのに国民には結界のことを内緒にして、自分の身内だけ助けてもらおうなんて間違ってない?
「卑怯だと言うか」
「言う! どうしてシャリアディースを止めなかったの? よその国が攻めてくるから? でも、それってホントに結界がないと阻止できないもの? わたしには、便利な生活を捨てたくないっていう言い訳にしか聞こえない!」
「…………。そう、だな。今となってはもう遅いが、確かに、すべては君の言う通りだよ。私は国王失格だな。そして、父親としても失格だ」
パフェさんは弱々しくそう言ってうなだれてしまった。ジャムのによく似た、でも少し色のくすんだ赤い髪がひと筋、ハラリと額に落ちる。
わたしは、否定できなかった。
小さいときに家族と生き別れになっちゃったゼリーさんのことや、置いていかれたジャムのこと、ドーナツさんのこと。それを考えたら、わたしには無理だった。家族と引き離されてどんなにさみしかっただろう、どんなに不安だっただろう。わたしだって、できることなら今すぐ家に帰りたい、家族に会いたい!
すべての元凶であるアイツをぶん殴るだけで決着がつくならどんなによかったか。わたしの場合はそれをやっても家に帰れるわけじゃなくて、引き出せても帰る手段のヒントくらいしかないだろうけど、パフェさんたちは違うじゃない?
アイツと交渉して、何とか妥協案を見つけることくらいできたんじゃないの? 確かにアイツは性格が悪いけど、最初から諦めてちゃ話し合いもできないよ!
「愚かだった我々を許してほしい。そのためにも、ジェムには無事に帰ってきてほしいが……。シャリアディースは契約した者との間に不可思議な繋がりを持つ。それにより、奴は契約者をある程度意のままに操れる。その程度というものは契約によるが……フィンは元々奴との相性が悪く、かなり重い制約を課せられた。そこのジェロニモも、おそらく……」
「そうなの、ゼリーさん?」
「…………」
縦に振られる頭に、わたしは思わず息を飲んだ。
「いつ……? どんな契約を結んじゃったの? 逆らえないって、どのくらい? ねぇ!」
「…………」
今度は無言で首を横に振られる。ゼリーさんの服を掴んで詰め寄っていたわたしの肩を、パフェさんが優しく引き戻してくれた。そこでようやく、わたしは自分がおかしいことに気づけた。
「ごめんなさい……」
「いや、いい」
「アスナ、ジェロニモは契約のせいで自分からは打ち明けられないのだ」
そうだ、それを忘れちゃいけなかったのに、わたしったら……!
さっきの行いを後悔している間にも、パフェさんの話は続いていた。
「これは推測だが、ギズヴァインに保護されたときには、ジェロニモはすでにシャリアディースと契約を結んでしまっていたのだろう。奴との関係を見るにそうとしか思えない。なにせ、このふたりには接点もロクにないばかりか、少年だったジェロニモがそのすべてを差し出してもいいと思えるほどの願いを持っていたとは考えられないからな。もしも願いがあったとするなら自分の家に帰ることだっただろうし、それは叶わなかったのだから」
「確かに……」
「おそらくだが、一緒にいたというギズヴァインの息子に関係があるのではないか? あの双子の片割れ、兄のアルクレオには生まれつき魔力が備わっていなかった。幼い頃、確かまだジェロニモが来る前だったか、あの子は一度死にかけた。皆、アルクレオは成人できないだろうと思っていたよ。それがあんなに立派になって……そうか、あれは君のおかげだったか、ジェロニモ」
「ゼリーさん……」
何も言わなくてもわかった。
その顔を見れば。それだけで。
「でも、その先生が今、魔力切れを起こして倒れちゃったんです! 結界はもうないのに……。ジャムがいなくなったと思ったら、先生も倒れちゃうなんて、こんなのっておかしい。もしかしたら、これもアイツのせい……?」
「アルクレオが倒れたと? いつ?」
「今朝です。マフィンさんが来る前に伝書機が届いたの」
「そうか……。すぐに戻るべきだ。一番早い手段で戻ろう」
パフェさんがわたしの肩に手を置いて頷いた。力強くて、温かい手……。わたしは思わずにじんでしまった涙をこっそり指で拭った。
どさくさで最後「マフィンさん」と言ってしまっているアスナ。
ジャムパパはドーナツパパより情に厚いですね。




