怪しい雲行き
▶【そうは言っても避けてはいられないよ】
わたしは迷った。
確かに、ゼリーさんの言うとおりだ。ジャムのお父さんに気に入られちゃって、捕まっちゃって、「ぜひ息子の嫁に!」って言われることもあるかもしれない。……あくまで、可能性として、ね!
とはいえ、いない相手と結婚はできないから、実はそんなに心配はしてない。それに、ジャムが帰ってきたら、改めて話をして解放してもらえばいい。
もちろん、会わないように避けながら帰り道を探すことは可能だと思う。王都から来るっていうヴィークルは諦めて馬車を貸してもらうとか、ソーダさんが来てくれるまで粘るとか。
できるけど……そんなことばかりしてられないでしょ。まずはちゃんと挨拶して、一緒に王都に帰るかどうか聞く。それからソーダさんを探し出して、協力を取り付ける。これが大人のやり方だと思う。
なぁ〜んてね。
生意気かもしれないけど、でも、それがわたしの考えなの。ゼリーさんにそう伝えたら、渋い表情ではあったけど、わかってくれた。
ジャムのお父さん、つまり先の王様の名前は、パルフェイドさんって言うんだって。……パフェっぽいね。パフェさんでいいかな?
そのパフェさんの居場所を聞いてみると、ゼリーさんの家とは反対方向にあることがわかった。海岸から一番離れた、この村で一番高い場所。そんなところに家を立てて暮らしているらしい。
「それじゃ、会いに行こう」
さっそくパフェさんの家に向かうと、なんだか聞いたことのある調子外れなイイ声と素敵なギターの音色が風にのって流れてきた。…………なんでここにいるの、ソーダさん。
「いや〜〜、素晴らしい! ささ、もう一杯」
「あ、どうもどうも」
「他にも歌があればぜひ聞きたいですなぁ!」
「えっ、本当に〜〜? 嬉しいなぁ、じゃあ、もう一曲だけ!」
そんなやり取りは家の中からじゃなくて庭の方から聞こえていた。わたしたちも庭へ回る。そこには、机と椅子を並べて黙々と勉強する子どもたち、そして壇上でギターを披露するソーダさんと、カップ片手に盛り上がっているイケメンなオジサマひとり。
どんな状況、コレ?
「やぁ、ジェロニモ、アスナ! どうしたんだい、こんなところで」
「いや、それはこっちのセリフ」
わたしとソーダさんがそんなやり取りをしている間に、ゼリーさんとパフェさんは互いに挨拶していた。
「君はギズヴァインのところの……。息災だったかい」
「はい。ありがとうございます。おかげさまで私もギズヴァインの皆様も息災です」
「もう十二年になるのだな。スレーン夫妻はどうしている? あのふたりも君が立派に育ってくれて心強いだろう。もう、庭師は引退してゆっくり過ごされているのかな」
「いえ……三年前に養母が亡くなり、それを追うようにして養父も……。正直、別れはもっと先のことだと思っていましたので、ギズヴァイン家の方々も私も、一時期はかなり気落ちしておりました」
「そう、か。残念だな。近いうちに墓前に参らせてもらうとしよう」
「ふたりとも、喜ぶでしょう」
ゼリーさんが、しゃべってる。
まるで、普通の人みたいに。
でも、聞こえてきた内容は、喜べるような内容じゃなかった。ゼリーさんの名字、スレーンっていう家名は、ゼリーさんの元々の名前じゃなかったんだね。養母と養父って言葉が聞こえてきたから。十二年前に結界を越えてこっちに来たゼリーさんは、先生のお家で保護されて、スレーンさん家の養子になったのかな? でも、そのご夫婦はふたりとも亡くなっちゃったんだ……。
悲しい。
それじゃ、二回も家族を失ったのと同じじゃん!
そりゃ、本当の家族にはまた会えたけど、会えるなんて当時は思ってなかっただろうし。すごく、つらかっただろうな……。
わたしがしんみりしている間にも、パフェさんの話は続いていた。
「それで、君がここにいるということは、奴は君を置いていったわけだ。もうシャリアディースの呪縛からは逃れられたのか?」
「…………」
「答えられないのが、答え、か……」
パフェさんが苦々しくそうつぶやいて、顎に手を当てて頷く。わたしは思わず声を上げていた。
「あの! すみません、いきなり。でも、黙ってられなくて! 何か、ご存じなんですか? やっぱりゼリーさんはアイツの命令には逆らえないってコトなんでしょうか? これもどこまで、口にしていいのか、わからないんですケド……」
「君は……?」
「あっ、ごめんなさい! わたし、アスナと言います。アスナ・クサカです」
そう聞かれて、わたしは自分が自己紹介もしていなかったことに気がついた。勝手に会話に割り込むのも失礼なのに、名乗ってもいないなんて、さらに失礼だよね! でも、パフェさんはわたしのことを知っているみたいだった。ウンウン頷いて握手を求めてくる。わたしはその厚い手を握り返した。
「そうか、君がジェムの選んだ婚約者か。私がオースティアンの父、パルフェイドだ。よろしく、アスナ」
「オースティアンさんにはお世話になっています。どこにも行く当てのないわたしに、親切にしてくれました」
「シャリアディースのせいでここにやって来たとも聞いている。奴は強大な魔法使いだが、お世辞にも善人とは言い難い。巻き込まれてしまった君には深く同情するよ」
その口調から、何と言うか、重みが感じられた。生まれたときからアイツが側にいるって、どんな気持ちなんだろう。きっと、すごく……ううん、想像できないくらいひどいんだろうなぁ。
「しかし、奴に契約で縛られているとなると厄介だ。ともすると命にかかわることもある」
「わたしも、それを心配しているんです……!」
「……フィンの言っていた民間人とやらがジェロニモだとすると、まさか、オールィドを単独でいかせはしないだろうから……。フィンの奴、勝手な真似を!」
パフェさんは眉間にギュッと力を入れて厳しい表情になった。
「フィンさん、オルさんと一緒にヴィークルでシャリアディースの居場所を探しに行きましたけど……。そこにジャム、ええと、オースティアンさんもいるだろうからって」
「まったく! 奴を殺したら、フィン自身の命とてどうなるかわからんというのに!」
えっ、それってどういうこと?




