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▶【わたしも一緒に行きます!】
わたしは叫んでいた。
「わたしも一緒に行きます!」
「……!」
「アスナ!?」
「ほう?」
マフィンさんは目線でわたしに「続けろ」と言った。
頭ごなしに止められはしなかったけど、まだ認められたワケじゃない。わたしはマフィンさんを説得するために口を動かした。
「ヴィークルを動かすのにわたしの魔力を使えば、その分、ふたりの魔力が浮くでしょう? 魔力はたくさんあった方がいいハズ。シャリアディースと戦うつもりなら、なおさらです。ですよね?」
「君にはその魔力を贖えると?」
「はい。アガレットさんが、わたしの魔力は他人より多いって言ってましたから」
「なるほど。いいだろう、同行を許可する」
「親父!」
「オル、本人がそうしたいと言っているんだ、協力してもらえ。その方が楽なのは、お前自身もわかっているはずだ」
「それは……そうかもしれないけど……」
ドーナツさんの握りしめられた拳が震えている。
「ありがとう、オルさん。でも、いいの。大丈夫。それより、もう行こう? 早くジャムを見つけてあげなくっちゃ。ゼリーさんも、ね……?」
わたしはゼリーさんの手を引いて家を出た。アイビーさんもペアードさんも心配そうに見送ってくれる。わたしは精いっぱい笑顔を作ってお別れをした。
ヴィークルを停めておいた場所まで来て、いざ出発しようとしたとき、ゼリーさんがわたしを引き寄せて言った。
「アレはきちんと持っているか?」
「アレ、って?」
「ミッチェン・ガードナーから預かっていただろう。例の……」
「何で知ってるの?」
「……朝、カールからの伝書機を受け取ったときに机の上にあったろう」
あのときかぁ。
よく見てるなぁ。
「ちゃんと持ってるよ。でも……」
「いざとなったら使え。迷うな。……いいな?」
その迫力に押されて、わたしは頷いてしまった。でも、本当はそんな状況になんかなってほしくないし、この銃だって使いたくない。わたしは無意識に内ポケットに入れておいた銃を、ジャケットの上から押さえていた。
嫌な予感がする。
不安を抱えたまま、わたしたちは海の上を進んでいった。大まかにしか描かれていない海図と、方位磁石を手にして。
ドーナツさんの話では、シャリアディースの居場所はおそらく海の果ての氷の島。アイツの目的は、千年前に死んでしまった王子さまの魂を甦らせることらしい。実際にそんなことが可能なのか、そもそもシャリアディースがそんなことをしようとしているのか、まだわからない。
それでも、シャリアディースのいるところにはきっとジャムもいるはずだから、わたしたちはアイツを探すしかないんだ。
「……ふたりとも、あんな親父でごめんな。先生が倒れたっていうのに、あんな言い方してさ。もどかしいだろうけど、今は協力してくれたら、嬉しい」
「オルさん……」
「あれから容態が急変したという連絡はない。それよりも、氷の島を見つけたとき……奴がいたら、俺には構わないでくれ。アスナの命と、自分の使命を優先してほしい」
「どういう意味だ?」
「…………」
押し黙るゼリーさん。ドーナツさんはわたしの方をチラリと横目で見てきた。でも、わたしもそれには答えられない。ゼリーさんはきっと、シャリアディースに口止めされてる。それをバラしたとき、どんなことになるのか、わたしにはまったくわからないから。もしかしたら、その場でゼリーさんが倒れてしまうかもしれない、死んでしまうかもって思ったら……!
「よくわかんねーけど、わかったよ、ジェロニモ。とにかく、進もう」
「あ! 今、向こうの方で何か光った! オルさん、見て!」
「もしかして!」
わたしたちは目的地じゃないかと思われる氷でできた城を見つけ、そこに向かって急いだ。ぜんぶが氷でできている、高い高いお城。氷の島は確かにあったけど、そのお城が建っているだけの場所で、ぜんぜん島には思えなかった。
「キレイ……」
「確かに綺麗かもしれないけど、寒くないか?」
砂浜ならぬザラメ雪の浜にヴィークルを停めてドーナツさんが言う。わたしたちはザクザクと氷を踏みしめながらお城へと近づいていった。おとぎ話に出てきそうな、立派なお城。両開きの扉まで分厚い氷でできている。
わたしは扉に手をかけて、体ごとそれを押し開けた。すると、見えたのはがらんどうの空間だった。外からは想像もつかなかったけど、中は丸っきり吹き抜けになっていて、壁にぐるりと沿うように取り付けられた螺旋階段が最上階まで続いている。
「……行こう」
短めの金属棒を二本構えたゼリーさんを先頭に、真ん中にわたし、最後に剣を抜いたドーナツさんという順で階段を上っていく。息を切らせながら最上階に辿り着いたとき、わたしの背中からドーナツさんの呻き声が上がった。
「ぐあっ!?」
「オルさんっ?」
階段に足をかけた状態で、ドーナツさんは不自然に体を硬直させていた。その表情は苦しげで、取り落とした剣が床に跳ねて硬い音を立てる。そして、ドーナツさんの後ろから、アイツが現れた……。
「シャリアディース! アンタ、何をしたの!?」
「アスナ! ようこそ、我が城へ。感謝するよ……君は実に良いときに、良いものを運んできてくれた」
「何を言ってるの? 早くオルさんを解放して! ジャムはどこにいるの? ちゃんと話してくれたら、こっちも手荒な真似はしないから。武器を構えてたのは、警戒してたからで……」
「ふっ、はははは! ははははは! あーっはっはっはぁ!」
「…………」
狂ったように笑うシャリアディースは気味が悪かった。思わず後ずさりすると、ゼリーさんにぶつかった。
「ジェロニモ、そのまま抑え込め」
「えっ……あぐっ!」
痛い! 両手を二の腕のところからギュッと締めつけられて、わたしは悲鳴を上げてしまった。ぐっと体が持ち上がって、つま先が床から離れる。
「やめ、て! ゼリーさ……!」
「すまない……アスナ……!」
苦しげな、絞り出すような声でゼリーさんがわたしの名前を呼んだ。ゼリーさんには、こうなるかもしれないことがわかっていたの? だから、銃を使えと言ったの?
わたしが甘かった……。
この氷のお城に来たとき、シャリアディースはいないと思っていたし、それに、いたとしても話し合いで解決できると思っていた。きっと何か誤解があるのだと。ジャムとシャリアディースが帰ってくれば、何もかも元通りになると、思ってた……。
「どうして、こんなこと……シャリアディース!」
シャリアディースは白手袋を外して、指でわたしの涙を掬い取って笑った。
「君の魔力の煌めきは実に美しいね、アスナ。……最初はオースティアンのための花嫁としか見ていなかったが、君の輝きを見ているうち、どうしても……欲しくなってしまってね」
「……!」
いきなり唇にキスされた。振り払おうとした顎を掴まれたと思うと、舌が入り込んできて、わたしはそれに力任せに噛みついた。
「っ、アスナ、君がおとなしく精霊になって、私の花嫁になると言うなら優しくしてやるぞ?」
「ふざけるな!」
「ふざけないで! 誰がアンタなんかのものになるもんですか!」
「…………そうか。そういうことだったか」
シャリアディースの眼光が鋭くなる。赤い舌で唇についた自分の血を舐め取って、凶悪に顔を歪めてニヤリと嗤う。
「ならば、選ばせてやろうじゃないか。ジェロニモ、アスナを絞め殺せ!」
「なっ……!」
「そら、アスナが大事なら抗ってみせろ! まぁ、お前は命令には逆らえないがなぁ! そしてアスナ、選ぶがいい。このまま愛した男に殺されるか、それとも私のものになるか!」
「シャリアディース〜〜!」
ゼリーさんが叫んでいる。
でも、わたしは、真正面からゼリーさんの両手に首を絞められて、声も出せない。
ゼリーさんはわたしを振り回して、氷の壁にわたしを叩きつけた。その間も、首を絞める力は弛まない。
「アスナ……! 俺を、撃て! 今すぐに!」
ゼリーさんを、撃つ? この距離から?
そんなことをしたら、きっとただじゃすまない。
「頼む……アスナ!」
「……きない。わたしには、できないよ……」
ゼリーさんの真っ赤な瞳から、雫がこぼれていた。
意識がぼんやりする中、わたしは、必死に言葉を紡いだ。
「ジェロニモ……愛してる……。大好き」
「アスナ! アスナーー!」
ごめんね。
わたしにはどっち選べない。
シャリアディースのものになることも、ジェロニモ……あなたを撃つことも。
END『覚悟を貫く代償は』




