分岐点 4
「……何の真似だ?」
「親父!」
「下がれ、オールィド」
マフィンさんが無表情でわたしを見下ろす。助けてくれそうだったドーナツさんは、マフィンさんに突き飛ばされて一歩下がった。本当はわたしも下がりたかったけど、そういうわけにはいかない。
足が震えているわたしの背中に、ゼリーさんの手が添えられる。わたしは深呼吸して姿勢を正すと、マフィンさんの目をしっかりと見て抗議した。
「ヴィークルを持っていかれるのは困ります。前にも言ったとおり、あれはわたしたちの持ち物ではなくて、ギズヴァイン先生からお借りしたものなんです。それに、わたしたちは今から急いで王都に帰るところだったんです。ギズヴァイン先生が倒れたっていう知らせを、さっき伝書機で受け取りました」
「えっ、先生、倒れたのか!?」
慌てたように言うドーナツさんに、わたしは無言で頷いてみせる。マフィンさんの方は顔色を変えずに言う。
「ヴィークルがギズヴァイン卿の持ち物なのは知っている。本人から了承も得た。そちらの事情は理解したが、こちらも譲るわけにはいかん。陛下を拐ったシャリアディースの居場所の、おおよその見当がついたのだ。ヴィークルの鍵を渡せ」
「っ! 家族が、倒れたっていうのに! どうしてそんな冷たいことが言えるんですか!?」
「その男はギズヴァインの家族ではないだろう。ただの使用人だ」
「!」
頭を、ガツンと殴られたみたいな、そんな衝撃。
思わずよろめいたわたしを、ゼリーさんが支えてくれた。
「問答はもういい、我々にとっては陛下が第一だ。それに、ギズヴァインから得ているのはヴィークルの使用許可だけではない、その男についてもだ」
「どういう、ことなの……」
「ジェロニモ・スレーン、今からお前の所属は一時的に王室警護部隊となる。私に与えられた権限により、お前に陛下捜索の任に就くよう命ずる」
「待って! そんなのって……」
ゼリーさんはシャリアディースと契約してるから、アイツに命令されたら逆らえないのに!
わたしは思わずゼリーさんを振り返っていた。ゼリーさん、すごく険しい表情をしてる。それに、何だか苦しそう。シャリアディースのこと、言わなくちゃいけないよね……でも、知られたくないことだったらどうしよう。どうしたらいい?
声に出さずに問いかける。
ゼリーさんは首を横に振って、わたしより一歩前に出た。
「その任、辞退させていただくことは、できないでしょうか。ヴィークルは元々ギズヴァイン卿の持ち物であり、お渡しすることに異論はありません。ですが……」
そうだよ、ヴィークルは先生のお父さんの持ち物でも、ゼリーさんはそうじゃない。命令されても従う義務はないはず!
ドーナツさんも真剣な表情で頷いて、マフィンさんの反応を待っている。わたしたちの気持ちはひとつだった。
けど……マフィンさんの答えは……。
「ダメだ。ジルヴェストのすべての国民は、王室のいかなる要請にも速やかに応えること、それが規則だ。そこに例外はない」
「お願いします、待ってください! 例外がないなんてこと、ないと思います。だって、ひとにはそれぞれ事情があるもの。ジェロニモさんを連れて行かないでください。せめて、今は……。お願いします!」
「断る」
深く頭を下げたところへ、間髪入れずに冷たい声が降ってきた。このひと、ガチガチで融通が利かないタイプなんだ……。しょうがない、あまり使いたくなかったけど、最後の手段に出るしかない。
「ジェロニモさんは、わたしの護衛を務めてくれているんです!」
「それが何か?」
「護衛がいないと困ることになると思いますよ。だってわたしはジャムの……」
「もういい、アスナ。よせ」
「でも!」
「ジャムの婚約者だから」って続けようとしたところを、ゼリーさんに遮られた。本当は婚約者じゃなくて婚約者候補だけど、そうでも言わなきゃマフィンさんは納得してくれないでしょう?
それなのに、ゼリーさんはわたしを止める。紅い瞳が、「やめてくれ」と訴えかけてくる。でも、このままじゃゼリーさんは、シャリアディースと戦いになるかもしれない。アイツに逆らえないのに敵対したら、どうなるかわからないのに!
「護衛をつけたのはギズヴァインだろうが、王室の命令はすべてにおいて優先される。……君の身柄は私が預かろう。危険な目には遭わせない。それで充分だと思うが?」
「わ、わたしには、目的があって……」
「そうか。王都に帰らないならば、後からくる騎士に君を託すとしよう。とにかく時間が惜しい、ジェロニモ・スレーン、今すぐオールィドと共に行け」
「…………」
有無を言わさない厳しい口調。
やめさせるチャンスは、今しかない。でも、どうすればいいの?
わたしは……
▶【わたしも一緒に行きます!】
▷【わたしはジャムの婚約者よ! わたしの言うことを聞いて】




