親子の再会
屋内広場をつっきって、ゼリーさんはどんどん奥へ進んでいく。わたしを小さい子どもにするみたいに抱っこしたままで。まわりは照明があっても薄暗い状態だけど、ゼリーさんはそんなの関係ないみたいに歩いていく。
「どこに行くの?」
「俺の家だ」
「覚えてるの!?」
「…………」
「えっ」
なにそれコワイ。
場所もわからずにさまよい歩くの?
さすがに止めようとしたそのとき、ゼリーさんが何か言いたげにわたしを見上げてきた。どこか心配そうな、赤い瞳……。
「あ……。さっきはありがとう。もう、大丈夫だから! ちょっと驚いただけ。ホントだよ?」
「…………」
「だって、急に……あんなこと言うから……」
確かにシャリアディースはイイヤツじゃないかもしれないけど、だからって殺すとか……それも、自分がどうこうしようってことじゃなくて他人に、しかも当時は十五歳だった自分の息子にやらせようとする?
信じられないよ。
ひどすぎる。
「アスナ」
「わたしのいた世界にも、殺人は、あったけど……、そんなの全然身近じゃなくて。ニュースで見たとか、聞いたとか……死体だって、見たことないし。お葬式とかも、出たことないし……。だから、だから、わたしっ……!」
「アスナ。いいんだ。それでいい」
「っ、でも……」
「無理に納得しようとしなくていいんだ。あの宰相は俺たちにとって斬り捨てるべき相手でも、アスナまでそれを受け入れる必要はない」
ゼリーさんの低い声で紡がれる言葉が、ゆっくりと心に染み入ってくる。わたしの価値観と、ここに暮らす皆の価値観は違う……でも、わたしが間違ってるワケじゃない。誰が間違ってるワケでもない。それでいいんだって言ってくれた。それが嬉しい。
「ありがとう」
わたしの言葉に、ゼリーさんは頷いた。
「それにしてもアイツ、すごく嫌われてるんだね。ゼリーさんも……殺してやりたいって、思ってるの?」
ゼリーさんはシャリアディースと契約してる。アイツはいなくなっても死んではいない、ってゼリーさんが言ってた。きっと、わたしにはわからない繋がりがあるんだ……。
「……俺には殺せない」
「それは、契約があるから?」
「そうだ」
「じゃあ……それに縛られてなかったら、アイツを殺すの?」
ゼリーさんは無言でわたしを地面に下ろした。眉をぐっと寄せた表情は、怒っているというより、どう言おうか迷っている風に見えた。わたしはじっと返事を待つ。
「俺は……。俺の大切なものが傷つけられるのを、黙って見ているつもりはない。そうなる前に排除する」
「たとえそれが、命を奪うことになっても?」
「ああ。それが俺の守り方だ」
「そう……」
そう言われたら、何も言い返せない。守りたいものがあるのは当然だし、守るために相手の命を奪うことになったとしても、それは……避けたいけど、どうしようもないことだってあるもの。
「そうなったとしても、殺すのは最後の手段だ。アスナがそこまで落ち込むことはない」
「うん……。まだ、すんなり納得は行ってないけど、ゼリーさんの考えはわかったよ。ありがと。教えてくれて」
「ああ」
そこへ、村の人がわたしたちを呼びに来てくれた。ゼリーさんのご両親が家で歓迎の準備をしてくれたみたい。家まで案内してもらうと、玄関の外に緑色の髪の毛をした、背の高い男女が待っていてくれた。きっとあれがゼリーさんのお父さんとお母さんだ。
「ジェロニモ! よかった……元気そうで!」
「おかえり」
お母さんが両手を広げてゼリーさんを抱きしめる。お父さんがその肩に手を置いて優しく微笑む。ゼリーさんは無言だったけど、嬉しそうにそれを受けていた。
……いいなぁ。
なんだか、涙がこぼれそう。
わたしも家に帰りたい……。
皆の顔が見たいし、声が聞きたい。お父さんお母さんだけじゃない、最近会えてない、おじいちゃんやおばあちゃん……。皆に会いたい……!
わたしがコッソリ背中を向けていると、ゼリーさんのお母さんが話しかけてきた。
「遠いところからようこそ! 貴女もおうちに帰れなくなっちゃったんですって?」
「あ、はい……」
「大変ね。代わりになんてなれないけど、よかったら、うちでゆっくりしていって」
「う……あり、がとう、ございます……」
「御礼なんて! さぁ、いらっしゃい。一緒にお茶を飲みましょう」
あったかくて優しい声にわんわん泣き出してしまったわたしを、ゼリーさんのお母さんが背中をなでて慰めてくれる。中に入ってお茶を飲みながらわたしの話を聞いてくれて、わたしが置かれた境遇に同情してくれた。
「あ……わたしばっかり話してしまってごめんなさい。ゼリーさ、ジェロニモさんとお話ししたかったですよね? ようやく会えたのに……」
「いいのよ。あの子、つついてもしゃべらないでしょう? 知ってるわ!」
ゼリーさんのお母さん、アイビーさんはそう言ってコロコロ笑った。お父さんのペアードさんもにこやかに頷いてくれる。アイビーさんはおしゃべりが好きでよく笑うひとで、ペアードさんは口数は少ないけどずっとニコニコしてる。……ゼリーさんはどこに笑顔を落っことしてきたの?
夢中になって話していたせいで時間がすごく経ってしまって、御夕飯までオーバーしてしまったことも、ふたりは笑って許してくれた。それどころか、「泊っていきなさい」とまで言ってくれたの。
「そんな! そういうワケには……」
「子どもが遠慮しないの! それに、行く当てもないんでしょう?」
「……はい」
「ジェロニモの部屋だったところを使ってちょうだいね。あの子がいなくなってから生まれた娘が、つい最近まで使っていたから、アスナちゃんが泊まるのにちょうどいいわ」
「え、いいんですか? じゃあ、ジェロニモさんは?」
「床で寝るでしょ」
「えっ!」
そ、それはさすがに申し訳ない……!
チラリとゼリーさんを見ると、本人は最初からその気だったみたいで、大きく頷かれてしまった。




