お弁当タイム
元々結界があった場所までやってきたのはいいんだけど、先行しすぎて馬車どころかオルさんの姿まで見えない。このままじゃ、後続の人たちはただ迷子になるだけなんじゃないかな。
素直に疑問をぶつけてみると、ゼリーさんは首を振ってそれを否定した。いや、言葉にしてよ。
「どういうこと?」
「上空を飛んでいれば、遠くとも目印になる。それに、一応、迷わないためにきちんと印を落としてきている」
「そっか、時々何かしてたのはそのためだったんだ〜」
「ねぇねぇ、ところで、そのバスケットの中身はなんだい?」
ソーダさんが興味津々って感じで身を乗り出してきて、バスケットに手を伸ばしたので叩いて止める。
「あいてっ」
「お行儀が悪い〜」
「ちょっとだけ分けてくれないかい?」
「ホントはふたり分しかないんだけど……しょうがないなぁ。ゼリーさん、お昼にしよ? ソーダさんに少しわけてあげていいよね」
「やった〜!」
ゼリーさんが頷くと、ソーダさんはすぐさまバスケットに飛びついた。だから、お行儀が悪いってば!
バスケットの中身はクラブハウスサンドイッチ。
挟んである具はパストラミビーフにレタス、ゆで卵、トマト。炙り焼きのチキンを挟んだやつもあるし、厚切りのローストポークも。それとチューリップチキンの唐揚げ。
飲み物は微糖のアイスティー。デザートにはリンゴとブドウを持ってきてる。お肉が多めなのは、やっぱり男の人だから、お肉が好きかな〜って。
バスケットの中身にソーダさんだけじゃなくゼリーさんも目を見開いてる。うん、まずまずの反応。
「いただきま〜す!」
「汚い手で触らないの! おしぼり多めに持ってきてるから、使って?」
「ははは、大丈夫さ。手を使わなきゃいいんだよね。ほら……!」
ソーダさんが手をかざすと、サンドイッチが飛び出してきて、ふわふわと宙に浮かんだ。空の上にヴィークルを浮かべて、さらにサンドイッチまで浮かべるなんて、なんだかおかしな気分。
「これでいいだろう?」
そう言いながら、ソーダさんは大きな口を開けてパストラミビーフのサンドイッチにかぶりつく。
「ん〜、やっぱりお行儀が悪い!」
「おいし〜い!」
「よかった。ゼリーさんもどうぞ」
「…………」
「って、いつの間にか食べてるし!」
静かだったから気づかなかった!
ゼリーさんのひとくちも大きくて、みるみるうちに手の中のクラブハウスサンドイッチが消えていく。男のひとが豪快に食べているのを見るのは、なんか爽快感があるね。
「美味しい?」
「ああ」
「どれが一番よかった?」
「全部だ」
「え〜! ホント〜?」
ゼリーさんてば、お世辞も言えたんだ〜。
まぁ、でも、悪い気はしないかな。
そう思っていると、真剣な瞳でもう一度頷かれた。
「全部、うまかった。アスナは料理が上手いんだな。毎日でも食べたいくらいだ」
「へっ!?」
毎日でも……って!
それは、そんなの、まるでプロポーズみたいじゃない!
「おやおや、ごちそうさま〜。私はもう行くよ」
「あっ、ちょっ、ソーダさん!」
「じゃあね〜」
逃げられた!
しかも、あの「ごちそうさま」はサンドイッチに対しての「ごちそうさま」じゃなかった! 明らかにゼリーさんに対してのものだった!
「も〜〜〜! ソーダさん!? 来ても次は、お弁当、わけてあげないんだからね!?」
この状態でゼリーさんとふたりきりにするなんて! ソーダさんの裏切り者〜〜!
わたしの怒りの声はエコーを響かせて遠くへ流れていった。風の精霊だもん、絶対に聞こえているハズ。まったく、謝っても許してあげないんだから。ふ〜〜〜んだ!
「そろそろ行くか」
「あ、うん。もう近くまで来てるのかな〜? 早く逢いたいよね!」
「村は海岸沿いにある。……広い場所ではない。山を削り取って、半地下の暮らしをしている」
「そうなんだ」
「ここまで来たら、もうすぐだ。ほら、海が見えてきた」
「ホントだ〜〜! 海〜〜〜!」
思わず立ち上がりそうになって、高さに気づいて体が縮こまる。危ない、危ない!
「ほら」
「わっ!」
ゼリーさんがわたしの腕を取って、自分の肩に摑まらせてくれた。立ち上がるともっと強く風を感じる。
険しい山と小さなボートの並ぶ砂浜が見える。久しぶりに見る真っ青な海が眩しかった。
「綺麗……」
「近かっただろう」
「うん。船が見えるね。あれは、釣り船? もう村についたのね?」
「ああ。降りよう」
わたしたちが降りていくと、険しい表情の男の人たちが集まってきた。手に、棒みたいな物を持っている人もいる……もしかして、わたしたち……警戒されてる?
「あの……!」
緊張感が高まっていく中、わたしは思い切って口を開いた。でも、言葉が出てこない……! 皆の視線がわたしに集まる。そんなにジロジロ見ないで……。
「……もしかして、ジェロニモか?」
誰かひとりがそう言うと、周りの大人たちが武器を下ろしていく。空気も少し優しくなった?
「ジェロニモか!」
「ジェロニモ? 大きくなったなぁ!」
近づいてくるひと、それから奥の方に誰かを呼びに行くひと、色々いた。とりあえず、誤解はとけたみたい。よかった、ホッとした〜〜。
「せっかくだから中で座って話そう。親父さんもお袋さんも、すぐに来るからな」
「そっちの可愛い娘は嫁か? でかしたなぁ!」
「ちょ! ち、違いますっ! ゼリーさんもなにか言ってよ!」
わたしたちを案内してくれようとしているオジサンが、とんでもないことを言い出した。なのに、ゼリーさんったら驚いたような顔をしているだけで、ちっとも否定しようとしてくれないの。
違うからね!?
わたし、まだそんな年齢じゃありません!




