放課後のお誘い?
「お~はよ~ございま~す」
「…………おはよ。朝帰り? 学校どうすんの」
目が覚めたら部屋には眠そうな顔をした非行少年がいた。
今帰ってきて、しかも寝てないんだとしたらそりゃ眠いでしょうな。
「体調不良ってことでお休みしますよ~。そのために夕飯も断ったんですから」
「へぇ~、用意がいいことで。で、どこ行ってたのよ」
「別にいいじゃありませんか。アスナさんには関係ないことですよ」
「……あっそ。なら、好きにすれば」
蜂蜜くんはこっちを見ようともしなかった。
さっさとベッドに潜り込んで、わたしに背を向けて知らん顔。
そりゃあね、元々、ここにいたくているわけじゃないのはわかるよ。したくもない女装もさせられてさ。
ジャムだかシャリだかの命令で、わたしの側にいるわけでしょ。別に守って欲しいわけじゃないんだよ、ただ、何も言わずに抜け出して、朝まで帰ってこないなんて身勝手過ぎない?
わたしだって心配したのに!
一応、心配したのにさぁ……。
わかってるよ。似たような境遇同士、わたしが勝手に親近感を感じてわたしが勝手に裏切られたと思ってるだけだって。でも、蜂蜜くんがそういう態度を取るなら、こっちだって無視してやるもんね! ふんぎぎぎ!
なんて、イライラした状態で食堂に降りて行ったら、キャンディに心配されてしまった。
「どうしたんですのアスナ。体調が悪そうですわ」
「おはよ、キャンディ。悪いのは体調じゃなくて機嫌だから大丈夫よ。ありがとう」
「あらあら」
口許に手をやって、優雅に微笑むキャンディ。
普通の会話なのに周りの女生徒がいなくなるのは、笑ったキャンディがなんでか意地悪で高飛車に見えるからだな。
うん、これぞまさしく、清く正しい悪役令嬢。
「あ、そういえば。アルクレオ先生が双子だってこと知ってた?」
「まぁ、そうでしたの。存じ上げませんでしたわ。ギズヴァイン先生とは、お兄様とご一緒のところをお見かけしたくらいでちゃんとお話したことがありませんの」
「へぇ、そうなんだ。先生って、確か王宮で礼儀作法を教えてたんでしょ? 授業受けたことなかったの?」
「私、王宮には何度かお呼ばれした程度ですもの。それに、もし私が王宮にあがったとして、礼儀作法の講師がつくとしたらそれはおそらく女性ですわ」
「なるほど」
わたしにはよくわからないけど、そういうものらしい。
キャンディはちょっと考えるような顔つきになって、わたしに言った。
「ギズヴァイン先生は、とても厳しい方だと聞きますわ。少し……冷たくて近寄りがたい感じがするでしょう?」
「えっ?」
エクレア先生が、近寄りがたい〜? ウソぉ〜?
と、思ったけど、そういえば最初はわたしも、上から目線で偉そうな、肩肘張った喋り方の男の子だなぁって第一印象だったわ。思い出した、思い出した。
でも、エクレア先生はわたしの不安や不満を、初対面の親しくもないときから受け止めてくれた。本気で心配してくれたこと、わたしのために怒ってくれたこと、嬉しかったな。
ジャムの命令とはいえ、いきなりここへ連れてこられて右も左も分からないわたしのために色々と気配りをしてくれた。学校生活に必要な物を揃えてくれたり、読み書きができないかもしれないからって、手作りの勉強用プリントを用意してくれたり。
いつもキリッとしてる先生だけど、雑談でも嫌がらずに聞いてくれるし、優しい目をしているんだけどなぁ。ちょこっとは微笑むくらいするし、ゼリーさんとの会話を聞く限り、冷たい人にはまったく見えない。むしろ苦労人枠なんじゃないかと思うけど。
「話してみると、優しい人だよ、エクレア先生。あ、じゃなかった、アルクレオ先生」
「そうですの? でも、それはもしかして、アスナだからこそ、だったりするのではないかしら」
「はぁ?」
なんで、わたしだからこそ?
なんか特別枠でもあったりすんの?
「もう、いいですわ。それより、急ぎませんと朝の会に遅れますことよ、アスナ」
「げっ! 待って、朝ごはん食べなきゃ!」
「お茶でお済ませになったら?」
「無理!」
わたしは大急ぎでビュッフェ形式で並んでいるお皿からハムエッグやパンを取って食べ始めた。優雅なモーニングティーなんかで腹がふくれるかっていうの! こっちは育ちざかりなんだぞぅ!
授業は午後の二時まで。放課後は、寮生もそうじゃない子も、制服のままで劇場や雑貨屋に遊びに行ったりするらしい。わたしには関係ないけど。
キャンディはいつもどおり生徒会室へ。わたしはキャラメルとチョコに「雑貨屋に行きませんこと?」って誘われたんだけど、今日はエクレア先生の部屋へ行くつもりだったから断った。
ところが食い下がる食い下がる。
「なによなによ、感じ悪いじゃないですこと!?」
「そうよそうよ! ちょっとくらいつきあいなさいよ!」
キャラメルとダークチョコレート、色違いのクルンクルンツインテールを揺らしてプリプリ怒っている。
「アンタたちはキャンディの取り巻きでしょうが。別にわたしじゃなくても、誰か暇してそうな人誘えば〜?」
「ま〜〜! せっかくテストが終わったからお誘いしているのに悔しいですわ〜!」
「そうよそうよ! 薄情ですわ〜!」
「そんなこと言われても」
キャラメルが唇を尖らせて言う。
「私たち、キャンディス様にたくさんお勉強みてもらったから何かお礼がしたいんですわ。だから、貴女にも一緒に選んでほしかったのに……」
「そうよそうよ。その方がお財布にも優しいんですわ……」
いやいやいや。
そういう大事なことは先に言おうよ。キャンキャンわめく前にさ!
「わかった! キャンディには確かにお世話になったし、わたしも行くよ」
「やった~、ですわ~!」
「ですわですわ~!」
ふたりして、手を取り合ってぴょんぴょん跳ねるキャラメルちゃんとチョコちゃん。仲良しか!
う〜ん、先生のとこに行くのはまた明日、かな?
お財布は鞄に入っているし、それじゃあさっそく行こうと教室を出たところで、目の前を歩いていたチョコが急にウッとうめいてしゃがみこんだ。
「ココ?」
「ううっ……だ、大丈夫ですわ……い、いつもの、発作、ですの……」
「ココ!」
胸を押さえて苦しそうな呼吸を繰り返すチョコ。
こんなの大丈夫なわけないじゃない!
「ねえ、キャル、こういう時に飲ませる薬とかってないわけ? いつものってことは持病なんでしょ?」
「い、いいえ、これには薬は効かなくって、安静にさせるしか……」
「じゃあ医務室ね!」
廊下にうずくまるチョコをキャラメルに任せて、わたしは走り出した。




