わたしだけの先生
▶【先生と一緒に元の世界に帰る】
まず最初に思い浮かんだのは、お父さんとお母さんの顔だった。それから友だち、クラスメート……。先生に抱きしめられて、いつの間にか自分が泣いていたことに気がついた。
「帰りましょう。帰るべきです、あなたの、世界に」
「でも、そしたら、アル先生は……」
「私は一度死んだ身です、すべての覚悟は済ませています。それに……あなたとなら、家族も許してくれるでしょう」
先生が振り返った先には、カーリー先生と先生たちのお父さんとお母さんが立っていて、わたしたちを見てしっかりと頷いてくれた。
「でも……!」
「アスナさん。私は、あなたを元の世界に帰すために、尽力してきました。結果として私のしたことは何の役にも立ちませんでしたが、それでも、その気持ちだけは変わっていません」
「そんな、役に立たないだなんて……」
先生は首を横に振ってわたしの言葉を遮ると、真剣な眼差しでわたしの目を覗き込んできた。
「少しでも帰りたいという気持ちがあるなら、帰るべきです。望まないままここへ連れてこられて、ずっとずっと、帰り道を探してきたのではないですか。それに、あなたは一度、帰れるはずだった機会を私のせいでフイにしています。もう、自分以外の誰かの事情を優先するのはやめてください」
「アルクレオさん……」
「あなたが悲しいと、私も悲しいのですよ。それを、忘れないでください」
「う……うわぁん! 帰りたい……! わたし、帰りたいです! でも、でも、そうしたら、先生が家族や友だちと離れ離れになっちゃう! そんなのって……!」
「大丈夫です。いいんですよ、それで。あなたのその気持ちだけで、私は報われます」
わたしは先生に抱きしめられて、たくさん泣いた。泣いて、泣いて、気がついたら椅子に座って先生に手を握ってもらっていた。周りでは、たくさんの花や食べ物が用意されていて、皆飲み物のグラスを持って立食パーティーが始まっていた。
「……なに、これ」
「お別れ会らしいですよ」
「……誰の?」
「私たちの、です。もはや親世代の愚痴会になっていますけどね」
「もう……! ひとを出汁にして〜」
愚痴会はともかくとして、キャンディや学園の皆、ジャムたちもお別れを言いに来てくれた。ようやくこの世界に馴染んできたのに、もうお別れなのは寂しいけど、それでも帰れる嬉しさの方が勝っていた。
「ママ、パパ、これでお別れだね。元気でね!」
「フィナンシェちゃん……寂しくなるね。せっかく、会えたのに……」
「うん。でも、あたしは精霊だから! 仲間もいるし、大丈夫だよ。でも、ぎゅっとしてもらって、いい?」
「もちろんだよ!」
わたしと先生は順番にフィナンシェちゃんをぎゅっと抱きしめた。
もっと、一緒にいたかったなぁ。
そんなわたしの気持ちに気づいたのかどうかはわからないけど、マカロンさんが近づいてきて出発だと教えてくれた。
「じゃあね、アスナ……元気で!」
「ありがとう、キャンディ」
キャンディたちとハグして別れる。全員と握手して挨拶して、最後に先生のお父さんとお母さんがわたしたち二人の前に立った。
「……向こうでも、がんばりなさい」
「はい。ありがとうございます」
「アスナさん、アルクレオをよろしくお願いしますね。貴女たちならきっと、向こうでも幸せになれるはずと信じています」
「はい、必ず! ……ありがとうございます」
色んな思いを噛みしめて選んだ「ありがとう」の言葉は、ちゃんと彼らに届いたんだろうか。頷いて、笑顔を浮かべる先生のご両親。カーリー先生もぎゅうっと抱きしめてくれた。
「頑張んなさいよ! 兄さん、奥手で鈍いから!」
「カール!」
「あはは、ありがとうございます」
「ジェロニモちゃんは何かしゃべんなさい! これで最後なのよ!?」
「……元気で」
「ありがとう。ゼリーさんもね」
「ジェロニモ、カールのことをよろしく頼みます」
すごく短いゼリーさんのお別れの言葉。でも、その後ろにたくさんの言えなかった言葉たちがあるような気がした。先生とゼリーさんは握手をして別れた。
そしていよいよ、帰るときがきた……。
マカロンさんに連れてこられた、時の精霊のいる草原で、わたしと先生は手を繋いでそれに備えていた。
「いよいよですね、アスナさん」
「はい、先生……」
丸い鏡の姿をした時の精霊は、銀河の渦みたいなものを出して、わたしたちに飛び込むように言ったの。ここに入れば、帰れる……でも!
「ほ、本当に、いいのかな……」
「アスナさん。大丈夫ですよ。私を、信じてください」
「そうじゃなくて!」
「さあ、行きましょう。私たちの未来へ!」
「きゃあっ!」
先生はわたしを抱き寄せて、いきなり渦の中心へと飛び込んだ。クッキーくんやフィナンシェちゃんたちの叫ぶ声が遠くなっていく。そして、眩しい光に包まれて……
気がつくとわたしはベッドの中だった。
「えっ!? う、ウソ! わたし、失敗したの?」
思わず枕元のスマートフォンを見ると、わたしがあっちの世界に飛ばされた日の朝だった。
そんな! 先生はどこ!?
思わず震えていると、控えめなノックの音と、わたしの名前を呼ぶ先生の声が聞こえてきた。
「おはようございます、アスナさん。起きていらっしゃいますか?」
「先生!? どうして……あ……」
その瞬間、わたしの頭の中に身に覚えのない記憶が流れ込んできた。
彼、アルクレオ・ギズヴァインさんはわたしのお父さんが仕事でインドとかを回っているときに出会ったひとで、今は留学って形で家にいるの。すごく頭が良くて、日本語もすぐに覚えちゃった。そして、わたしの英語の家庭教師でもある。
「あれ……わたし、前から先生のこと、知ってた……?」
「いいえ。きっと、あなたと魂で繋がったことによって、過去が改変されたのではないかと思います。……そちらに行ってもいいですか?」
わたしは返事をするより先にドアを開けていた。パジャマだったけど、そんなの構わない! ついさっき別れた先生は、やっぱり先生のままで、黒く染まった髪ももちろんそのままだった。
「アルクレオさん……!」
「はい。アスナさん。……おかえりなさい」
「ただいま!」
わたしは先生の胸に飛び込んで、家に帰れた喜びをふたりで分け合った。
現実世界ハッピーエンド!
『わたしだけの先生』




