ナイショの個人授業をお願いします
もう一話、深夜にアップします。
▶【ここで先生と一緒に暮らす】
わたしが選んだのは、ここでアルクレオ先生と一緒に暮らす道だった。
家族が恋しい気持ちは確かにあったけど、これからのこの国には、きっと先生の力が必要だと思ったから。形だけだったかもしれないけど、宰相だったシャリアディースはいなくなっちゃったし、クリームくんのいるギースレイヴンも壊滅状態だしね。
わたしの答えを聞いて先生は、
「本当にいいんですか?」
そう言って、わたしのことを気遣ってくれた。
でも、もう決めたことだから。
お葬式の会場は婚約披露宴に早変わり。皆、笑顔で花びらのシャワーを降らせてくれた。お祝いの言葉もたくさんもらった。一部、憎まれ口叩いてたひともいたけどね。
わたしたちのことを一番喜んでくれたのは、やっぱり、カーリー先生だった。お家のことはともかく、わたしたちの結婚式をセッティングできるのが嬉しいみたい。わたしも、せっかくだからカーリー先生に作ってもらった花束でブーケトスしたいし! 会場の飾りつけもきっと素敵にしてくれるって信じてる。
「気が早すぎます」
「んーん! こういうコトは早め早めがちょうどいいのよ! ウェディングケーキもさっそく予約入れなくっちゃ!」
「カール!」
わたしと先生が結婚するのは、わたしがマリエ・プティを卒業してからなんだから、それは本当に気が早いと思うけど。でも、その気持ちは嬉しいよね。
そうそう、わたし、そのまま学園に通い続けることになったんだ。先生のお父さん、ギズヴァイン卿が学費を出してくれることになって、ちゃんと卒業しなさいって言ってくれたの。
わたしにとっては、これから義理のお父さんになるひと……ふふっ、渋いオジサマですっごくカッコイイ! でも、奥さまの前ではタジタジなの。そういうチャーミングなところも素敵。カーリー先生には手を焼いてるみたいだけどね。
カーリー先生は、家を継ぐことには決めたんだけど、まだまだフラワーアレンジメントの講師は続けるみたい。できればずっとお父さんに大臣をしてほしいって言ってた。生涯現役ってコト?
わたしとは逆に、学園からいなくなっちゃうのがキャンディと蜂蜜くん。キャンディはジャムの婚約者候補からも降りて、カーリー先生に弟子入りするんだって。自分で生計を立てて生きていく道、自分らしい生き方を探すんだって。すごいよね。わたし、応援する!
蜂蜜くんは、元々男の子だし、もうシャリアディースの言いなりじゃないからね。わたしを守る必要もなくなったし。この国を出て、アイスくんを手伝ってギースレイヴンを復興させるんだって。マカロンさんに魔力をもらったから、どこへ行っても倒れることはないしね。寂しくなるけど、これでよかったんだと思う。
マカロンさんたちについていったのは、蜂蜜くんだけじゃない。わたしと先生の子として生まれてきた、新しい精霊のフィナンシェちゃんもだ。
精霊としての教育をしなくちゃいけないから、って。フィナンシェちゃんも喜んでついて行ったから、少し寂しいけど納得できた。
「ママ、あたし、頑張ってくるね! 時々遊びに来るから!」
そう言って手を振ったフィナンシェちゃんだけど、実際は毎日遊びに来てる。マカロンさんがグッタリしてたなぁ〜。
そしてジャムはドーナツさんをはじめ、先生やキャンディのパパ、それに自分のお父さんにも手伝ってもらって外国との交渉を始めた。魔工機械だけに頼らない暮らしをすること、そして魔工機械をよその国の暮らしに役立てることが目標なんだって。おかげで先生は学園での仕事と国の仕事で忙しくなっちゃった!
そんなわけで、珍しく先生が学園の自分の部屋にいる日は、絶対に押しかけに行くことにしている。今日もそう。放課後になったらすぐに教室を出て、いつものドアをノックすると、優しい声が返ってくる。
「失礼しま〜す!」
「アスナさん? どうかされましたか?」
「ふふっ。来ちゃった!」
「それは構いませんが、どうして鍵をかけているんですか?」
「だって、誰にも邪魔されたくないんだも〜ん」
わたしは、お茶を淹れに行こうとする先生の腕を絡め取った。とたんに慌てる、その仕草が可愛い。
「アスナさん!」
「だって、久しぶりなんだもん。お茶より、今は先生がほしい〜」
「ご、誤解を招くような発言はよくありません!」
ぎゅ〜っと抱きついて先生成分を補充していると、先生はまだ慌てていた。誤解ってなに?
「とにかく、そういった発言は禁止です。学園では、私たちは教授と生徒であることを忘れてはいけませんよ」
「でも今、誰もいないのに」
「ジェロニモがいますよ」
「ゼリーさんは気にしないよ、たぶん」
「そうかもしれませんが……」
先生がチラッと部屋の隅に視線をやる。そこには当然、置物のように微動だにしないゼリーさんがこっちに背中を向けて座っていた。
「他のタイミングで、にしましょう、そういうことは」
「今までもさんざんゼリーさんの前で抱き合ったりキスしたりしてきたのに?」
「それでも、です」
見上げると、真剣な表情の先生と目が合った。変わってしまった黒髪と、変わらない薄い茶色の瞳。わたしはちょっぴり不満だった。
「そんなこと言ったって、ゼリーさんはいつも先生と一緒だし、先生のお部屋には入れてくれないじゃない。もう二年も経つのに……わたし、もうすぐ卒業しちゃうよ?」
「それは、その」
「わたしのために、時間、作ってください。ね?」
わたしは先生に抱きついて、耳許でささやいた。
「ナイショの個人授業、してくださいね」
「ンンン!」
詰まっちゃって咳払いする背中にほっぺたをくっつける。ゼリーさんの呆れたようなため息が聞こえた気がするけど、気にしな〜い!
「……アスナさん」
「はい」
「それについては、その……善処します」
「!」
ちゅっと素早く唇にキスが落とされる。
わたしは嬉しくて、先生にぎゅっと抱きついた。
今はまだ、先生と生徒の関係だけど、きっとそろそろ違う一歩を踏み出せるはず。それはもう、すぐ近くまで迫っている。
異世界ハッピーエンド!
『ナイショの個人授業をお願いします』




