すっかりいつもの空気
眠る先生の髪の毛は、真っ黒になってしまっていた。前のエクレアみたいに二色になってた髪の毛ばかり見慣れていたから、何だか新鮮。
「先生、起きてこないの? 大丈夫なのかな」
「兄さんは平気よ、よく寝てるわ〜。どうせならアスナちゃんに起こされたいだろうと思って放っといてあげてンのよ!」
「カーリー先生ってば」
その言い分にクスっと笑ってしまう。
「でも、そう考えたら、先生を起こす役目を残してもらえて、わたしも嬉しいかな。ほら、アルクレオ先生、起きてください。朝ですよ」
言いながら先生の唇にキスすると、なぜか周りから悲鳴や恨めしそうな声が聞こえた。なんなの、いったい。
「ん……アスナさん?」
「ふふっ、おはようございます、アルクレオさん」
「おはようございます……何だか、長い夢を見ていた気分です」
「夢じゃないよ。ほら、フィナンシェちゃんもいるし」
「パパ、おはよう!」
「ね?」
「ああ……。では、帰ってこられたんですね」
「はい! おかえりなさい、先生!」
「ただいま戻りました。そして、あなたも。おかえりなさい、アスナさん」
「ただいま、先生!」
先生の手を取ってベッドを下りると、マカロンさんが進み出てきた。そして、皆を代表するように口を開く。
「アスナ、よく戻った。これで二人とも魔力が安定したな」
「マカロンさん、ホントにありがとう。おかげで、先生を取り戻すことができたよ」
「礼を言うのはこちらだ。お前たちのおかげで新しい精霊が生まれた。しかも名前までくれたのだな。愛されて生まれてきたこの子は、きっとお前たち人間のためになるだろう」
わたしと先生は顔を見合わせていた。そして、お互いに同じことを考えていると気づいて笑い合う。
「私たちは、役に立ってもらうために彼女に名前をつけたり、生まれてきたことを喜んだわけじゃありませんよ」
「そうだよ。ママって呼ばれて、最初はビックリしたけど嬉しかったもん。純粋におめでとうって思ったんだよ」
わたしはフィナンシェちゃんを後ろから抱きしめた。キャッキャと嬉しそうに笑うフィナンシェちゃんに、皆も笑顔になる。
「そう、か。それは喜ばしいことだな。それはさておき、戻ってきたのはいいが、お前たちにも変化した部分がある。その説明をしなくてはなるまい」
「変化、ですか。私とアスナさんに、何か変わった部分があると?」
ある。
それは、とてもよくわかる。
でも、先生は自分に注目が集まっていることに不思議そうな顔をしていた。鏡がないから当然だよね。髪の毛なんて、自分じゃ気づかないもん。
「あのね、先生。自分じゃ見えないだろうけど、先生の髪の毛、真っ黒に染まってるの」
「えっ。私の髪の毛が?」
「うん。その他はとくにわからないかな。マカロンさん、説明してくれるんだよね?」
「ああ」
マカロンさんが頷く。その間、先生は自分の前髪を引っ張って確かめようとしていた。なんか可愛い。でも、気になるよね、うん。
「アルクレオの変化だが、魔力の変化が髪の色に出ているだけだ。元々、その男には魔力がなかった。だからこそアスナの暴走した魔力を代わりに受け入れられたわけだが」
「えっ。先生が魔力ゼロだったから、わたしの魔力も受け入れられたってこと? じゃあ、先生じゃなかったら、どうなってたの?」
「アスナは暴走したまま、精霊化していただろうな」
えっ、こわっ!
それ、わたし、自分が知らない間に死んでるってことじゃん!
「先生、ありがとう! わたし、ホントに死ぬとこだったんだ〜!」
「どういたしまして。それで、もう少し詳しく聞きたいのですが、私の体には今、魔力があるということで間違いありませんか?」
先生がわたしを抱きとめたまま、マカロンさんに質問する。それ、わたしも知りたい!
「そうだ。今は私の魔力がお前の体を満たしている。……これはお前のためというわけではなく、こちらにとっても都合が良いからというだけのことだ、気にするな」
「それでも、やはりありがたいことです。感謝申し上げます」
「うむ……」
なんか、よくわかんないけど上手い具合に利害が一致した感じ? Win-Winってやつ?
「ちょっと待ってちょうだい、それって兄さんに魔力が備わったってコトなの?」
カーリー先生の言葉にハッとする。
そうだ、アル先生は魔力がゼロだから、今まではカーリー先生と魂のところで繋がってて、それで命を保ってたんだった! もしもアル先生にも魔力がある状態が普通になったら、もうカーリー先生が怪我したり病気したりしても、アル先生まで寝込んじゃうようなことにはならないってことなんじゃない?
「……そうだな」
「アタシと兄さんの違いと言えばその一点だけ……魔力があるのか、ないのか」
「カール……」
「カーリー先生」
どこか悔しそうにそう言うカーリー先生。
そうだよね、今までずっと秘密を抱えてきたんだもんね。お家の跡継ぎ問題とか、魔力のせいで色んなことを言われたりしてきたはず。
それに何より、アル先生の分まで命を背負ってきたんだもんね。考えることがたくさんあるよね。
「アタシにあって、兄さんになかったもの……それはね、ヒゲよ!」
「はい?」
「兄さんのベビーフェイスはツルンツルンなのに、アタシの顎にはゴワゴワの黒いのがビッシリよ! 授業終わりの午後なんて怖くて手鏡ばっか覗いちゃうわよ! 剃り跡にだって気を使うし! アタシだってこんなの欲しくなかったわぁ〜〜ン!」
両手をギュッと握って拳を作り、クネクネと腰をくゆらせて叫ぶカーリー先生。
「でも、ウチの家系は魔力と言えばヒゲだと思ってたから我慢できた。それなのに! それなのに兄さんの魔力は髪の毛に出るなんて! 兄さんばっかズルいわよ!! それとも兄さんにもヒゲが生えてくるワケ? ねぇ、どうなのよ、精霊様!」
「そんなこと、私に聞かれても困るのだがな……」
「この際、兄さんにもボワッと生やしちゃってよ! できるんでしょ〜!?」
「……どうにかしてくれ」
「カール! 精霊様に絡むのはおやめなさい!」
「だって〜〜〜!」
「だってじゃありません!」
カーリー先生はアル先生に叱られている。
でも、う〜〜ん。わたし、アル先生が黒ヒゲボーボーになっちゃったら、ちょっと、ううん、かなり嫌だなぁ。




