一緒に戻ろう
しばらくして、わたしから体を離した先生は何かを思い出したような声を上げた。
「そういえば、あなたに見せたいものがあります。ものと言うか、人と言うか……」
「どういうこと?」
「実際に見ていただきましょうか」
先生が案内してくれたのは、木立の中に少しだけ開けた広場みたいな場所だった。そこには、細かい蔓草で編まれた、大きな大きな丸い玉があって、それに包み込まれるようにして女の子が眠っていた。
六歳か、七歳くらい? 栗色の髪の毛をサイドポニーテールにまとめていて、フランス人形みたいなロリータ趣味の洋服を着ている。
「アスナさんのお知り合いではないかと思いまして」
「いえ、知らない子です」
「そうですか。私が目覚めたとき、すぐ隣にこのベッドがあったので、何か導きのようなものをくださる精霊なのではないかと思ったのですが」
「う〜ん、わたしも全部の精霊に会ったワケじゃないから。もしかしたら、ホントに精霊かもしれませんね。だって、理由があってここにいるんだろうし」
わたしたちが近くでしゃべっていても、その子は起きる気配もない。ちょっと揺すってみようかな?
「ところで、この子はアスナさんに似ていますね」
「えっ。そうかなぁ?」
確かに、髪の色と髪型は似てる気がするけど……。
「どっちかと言えば、先生と同じ国の子に見えるし、こころなしか先生に似てるかも」
「えっ、そうですか?」
そう言ってる間に、その子が「う〜ん」と伸びをして、目を開いた。茶色のパッチリした瞳と目が合う。その子はわたしたちを交互に見て、嬉しそうに言った。
「ママ! パパ!」
「ママぁ?」
「パパ……」
いきなり「ママ」「パパ」って言われても!
わたし、子どもなんて産んでないよ〜!
「アスナさん……」
「ち、違います違います! わたしの子じゃないです!」
「ママ!」
「ええっ? だから違うってば!」
女の子は無邪気に笑ってるけど、わたしはそれどころじゃない。
こんな大きな子のママだなんて、ありえないよ~~!
「落ち着いてください、アスナさん。アスナさんの産んだ子だなんて思っていませんよ、年齢が近すぎます」
「うぅ、それならいいんですケド……」
「それより、彼女の話を聞いてみましょう。お嬢さん、少しお話できますか? 私の名前はアルクレオ・ギズヴァインと申します。あなたのお名前は?」
「お名前……あのね、あたしにお名前つけてほしいの! これから精霊になるからね、お名前がないと困るんだよ!」
先生とわたしは顔を見合わせた。
「あなたは、精霊なのですか?」
「ううん、違うの。あたしは今から生まれて、精霊になるんだよ。だから、お名前が必要なの。ママが来てくれたから、ママにお名前つけてほしい!」
「どうして、わたしがママなの?」
「ママはママだよ?」
う〜ん、困る。
子ども相手だもんね。何を聞いてもほしい答えは返ってこないかもしれない。言葉に詰まるわたしに、先生が言う。
「もしかして、彼女はアスナさんの魔力から生まれてきたのではないでしょうか。そう考えると、私たちを親だと認識しているのも、頷ける話です」
「わたしの、魔力……」
「ええ。私が命と引き換えに形を与えて、精霊にしようとした、あなたの暴走した魔力ですよ」
わたしは草のベッドにちょこんと腰掛けているその子をもう一度見た。わたしと同じ髪の色、同じ髪型。先生と同じ色の瞳。
「あなた、わたしの魔力から生まれてきたの?」
「うん、そうだよ」
「そっか。それでわたしに似てるのね。でも、アル先生にも似てるのは、どうして?」
「だって、あたしはパパの願いで生まれたからよ」
「アル先生の願い……。そっか、そうなんだね。あなたが精霊になってくれたら、わたしも嬉しい。だって、世界が安定するもの」
わたしの魔力から生まれた精霊ちゃんはニコッと笑った。
「うん! あたし、精霊になる!」
「ありがとう。じゃあ、可愛い名前をつけてあげるね」
「わ〜い!」
精霊の名前……わたしの知ってる精霊と言えば、クッキーくんにマカロンさん、ソーダさん。なんか……甘いものばっかりだなぁ。
美味しくて可愛い名前……う〜ん。
フィナンシェ、とか? うん、いいかも!
「フィナンシェちゃんとか、どうかな」
「あたし、フィナンシェ〜? カワイイ?」
「うん! 可愛いよ〜!」
「やった〜〜!」
わたしは抱きついてきたフィナンシェちゃんをギュッと抱きしめた。
「じゃあママ、パパ、お外に出よっか。お名前もらったから、あたし、もういつでも精霊になれるんだよ」
「そうなの? じゃあ、外に行こう。先生も、いいですよね?」
「ええ、もちろんです。どんな現実が待っていようと、構いません」
「先生……」
わたしはドキッとした。
え、まさか、外に出たときには死んでるとか……そんなことないよね?
「いつまでもここにいるわけにもいきませんから。さぁ、私たちを連れて行ってください、フィナンシェ」
「うん、パパ!」
フィナンシェちゃんが、わたしと先生の手を取る。眩しい光に包まれて、わたしは思わず目を閉じた。
「アスナちゃん! アスナちゃん、起きて!」
声が聞こえる。
わたしを呼ぶ声が。
わたしは繭に抱かれていた。
ホッとするような温かさを感じる。もう少し、このまま寝ていたい。
「アスナ、起きなさいな!」
「う〜ん……」
キャンディの声がする。
「遅刻しましてよ!」
「えっ、やだっ!」
ガバッと起き上がると、なぜか色んな人から名前を呼ばれた。
みんながわたしを覗き込んでる。
わたしはなぜか、中庭に置かれた大きなベッドの上に寝かされていた。木に飲み込まれた先生が寝ていたベッドだけど、今はもうそこに植物も根っこもない。代わりに黒い花びらがたくさん、まるでシーツみたいに広がっていた。
「ママ、起きた!」
あの空間にいたフィナンシェちゃんが、わたしに抱きついてきた。ここは、現実? 帰ってきたの?
「アル先生は?」
「パパはね〜、そこでまだ寝てる〜」
そう言われて横を見ると、胸の上で指を組んだ先生が安らかな寝息を立てていた。
「あ……」
別れたときと変わっていることがひとつ。
「髪の毛が……黒くなってる!」




