暗闇の先で
長いこと連載が止まっておりまして、申し訳ありませんでした。アルクレオ先生のルートあともう少し、気合を入れていきます。
薄暗い森の中を、そろそろとした足取りで進んでいく。急になにかが飛び出してきたら、きっと心臓が止まっちゃう。
太陽も月も見えない。
鳥の声も虫の音も聞こえない。
「先生〜! アル先生〜〜!」
大きな声で叫ぶと、エコーがかかって響いていく。
どこへ向かえばいいのかもわからないまま、とにかく歩き続けた。わたしは、先生を見つけて、絶対に一緒に帰るんだから!
そう思ってどんどん歩いた。
でも、歩いて歩いてずいぶん経った頃、さすがに足が疲れてきた。もう喉もカラカラ。
ちょっと休もう、そう思って木の根っこに腰を下ろした。
暗くて黒い空間。どこまで続くのかわからない道。
先生に会いたい一心でここまで来たけど……。
「寒い……」
風の冷たさに思わず自分の体を抱いていた。思い切り体を小さく屈めて、ギュッと目を閉じて。だんだん込み上げてくる不安な気持ちを圧し殺しながら。
このまま、見つからないなんてこと、ないよね……?
きっと、先生だってわたしのことを探してくれているはず。先生に会ったら、まず最初に謝らなくっちゃね。それから、わたしの気持ちを伝えて……。
…………。
………………。
『アスナちゃん! 起きなさい、アスナちゃん!』
どこかから聞こえた声にハッとする。いけない、わたし寝ちゃってた? 頭を振りながら体を起こす。不思議な声は、もう聞こえない。
寝るつもりはなかったのに、いつの間にか落ちちゃってたみたい。そして、その事実にゾッとする。もしかして、わたし、今失敗しかけてたんじゃないの?
失敗したら……何もかも失う。
それはきっと、わたし自身の命も。
「やだっ! 先生! 先生どこ? 返事してください!」
わたしは声をかけながら森をさまよった。もう、どっちから来たのかもわからなくなっていたから。
不安でどんどん歩く速度が早くなる。
「お願い、先生! 返事をして!」
「……アスナさん?」
「先生!」
弱々しくかけられた、懐かしい声……アルクレオ先生だ!
これは幻じゃないよね? 本物だよね?
わたしは辺りを見回して先生の姿を探した。
「先生! どこ? どこにいるの?」
「ここです……」
「先生!」
「信じられない……本当に、本物のアスナさんなんですか?」
パキリと木の枝を踏みつける音がした。
植物をかきわけて現れた顔は、紛れもなくアルクレオ先生のものだった。ポロリと涙がこぼれる。
先生もまた、信じられないという顔をしてわたしを見ていた。そして、あの優しい笑顔を浮かべてくれた。
「もう夢でもいい……また、あなたに会えるなんて」
「夢じゃない、わたしは先生を迎えに来たの」
「でも、そんな……どうやって……」
「色んなひとが協力してくれたの! それより……ごめんなさい、先生。わたし、先生にひどいこと言っちゃった!」
わたしは先生に駆け寄って、思いきり抱きついた。温かい……本物の先生! 優しい手がわたしの体を抱きとめてくれる。
「まず最初に言わなきゃいけなかったのは、『ありがとう』だったのに! 先生、わたしを助けてくれてありがとう。つらい目に合わせてしまってごめんなさい……。わたし、また先生に会えてよかった。……好きです、先生……だから……!」
「……私もです」
「えっ」
「私も、同じ気持ちです。あなたのことが好きです。愛しているのです。だから、今こうして、あなたを抱きしめられることが幸せで仕方がない」
「先生……あっ」
額に、瞼に、キスが落とされる。
わたしはドキドキしながら、唇へのキスを待った。でも、それはなかなか訪れなくて。
わたしは思い切って自分から先生の首に抱きついてキスをした。
「あ、アスナさん!」
「キスはちゃんとしてくれなくちゃヤです! ……わたしのこと好きって、ホントなんですよね……?」
「ええ、もちろん! そんな顔しないで……不安にさせてしまったのなら、すみません。こういうことには不慣れというか……そもそも初めてなものですから」
「え」
思わず見上げた先には、少し照れた表情の先生の笑顔があった。優しい茶色の瞳がわたしを見ている。これまでなら、さっと離れてしまっただろう体も、腰に回された手も、そのまま。
ああ、このひとは、本当にわたしのことを好きだと思ってくれているんだ。そう実感したら、胸が温かくなった。
「先生、恋愛経験ないの? ホントに?」
「ええ。こんなに近く触れ合ったことも、こんなにも心を動かされたこともありません。……なぜ、笑うのですか?」
「ふふっ、ごめんなさい。嬉しくて!」
「嬉しい?」
「うん。わたしが先生の初めてなんだなって思ったら、すごく、嬉しかったの……」
言いながら顔が熱くなってきちゃった。
今きっと、わたし、真っ赤になってる。
「アスナさん……抱きしめても、いいですか?」
「っ、は、はい!」
直球で聞かれたら、照れる!
先生は言葉通り、わたしをギュッと抱きしめた。緩すぎず、キツすぎず、温かくて安心する……。
「一ヶ月、ベッドで眠るあなたを見続けていました。あなたを救いたいと思い、宰相殿の提案に乗りました。それを後悔したことはありません。ですが……こうしてあなたが来てくれて、きっとあなたも危険にさらしているのに、私は……とても嬉しかった」
「先生……」
「私が精霊として生まれ変わることで、暴走したあなたの魔力に形ができ、あなたを苦しみから解放できると聞きました。だから、苦しまずに死ねるよう渡された薬を飲みました。でも、心のどこかで、止めてほしいと、助けてほしいと思っていた……。そのことに、今さらながら気がつきました」
わたしはアルクレオ先生をギュッと抱きしめ返した。
シャリアディース……! 先生を精霊にしようだなんて。しかも、自殺させるために薬まで! 許せない……。
「助けてほしいって思うのは、当然だよ! わたし……わたし……アル先生が死ななくて良かった! 間に合って、よか……!」
「ああっ、アスナさん! どうか、もっと、近くに……私の名を呼んでください……」
「アルクレオさん……!」
わたしたちはお互いの名前を呼び合いながら、長い長いキスをした。




