僅かな希望
最初に口を開いたのはジャムだった。
「どういうことなんだ? 説明してくれ、ディース。アスナがこんなことまでするなんて、お前、いったい何をしたんだ……」
信じられないというような、信じたくないというような、そんな表情でシャリアディースの前に立つ。そう、ジャムはシャリアディースの唯一の味方と言っていい。アイツを信じているのは、ジャムくらいだ。
けど、そんなジャムを無視して、シャリアディースは自分の胸に狙いを定めているわたしだけを見ていた。
「……ふ。ただの脅しだろう? 水の精霊の座にある私を殺すことはできまい。そんなことをすれぱ、今度こそ世界が滅ぶ。一時の癇癪で、ここに生きるすべての人間の命を奪うのかな、アスナ? 君にはそんなこと無理だ。優しすぎる君には、ね」
「わたしは本気よ。アンタを殺せない理由は、代わりになる精霊がいないから。でも、わたしが精霊になったら? アンタが死んでも何の問題もなくなるわ」
「ハッタリだ! 精霊になるということがどういうことか、本当にわかっているのか? 簡単になれるものではないんだぞ!」
威嚇するように言いながら、シャリアディースは一歩下がった。そこへ、わたしに加勢するようにマカロンさんが現れる。
「ハッタリなどではない。アスナはこの、木になってしまった想い人を救うために精霊になろうとしていた。それが叶わぬ今、お前を殺して仇を討つ為に精霊になってもおかしくはないだろう? アスナは本気だ。そして、私も彼女に力添えしよう」
「……グルニムエマ・カロン!」
「わたしは本気よ! さぁ、どうするの? 認めるのか、認めないのか。先生がこんなことになったのは、わたしの魔力が暴走したせいだけど、その原因を作ったのは、シャリアディース、アンタなんでしょう!? 水の精霊を殺して、アンタがその椅子に座った。そのせいでこうなったんでしょ!」
「…………」
「ディース……」
ジャムがうろたえたようにシャリアディースを見ていた。
わたしは、続ける。
「それに、アンタは先生を見捨てた。わたしの魔力を先生に移植したアンタのことだもの、それを取り除くことだってできたハズ。なのに、シャリアディース、アンタはそれをしなかった! あのときなら、まだ間に合ったかもしれないのに……!」
「…………」
「わたしが先生を治すのと引き換えにアンタの願いを叶えなかったからだって言いたいのかもしれないけど、実際には、わたしが望みのものを差し出しても先生を治療するつもりはなかったんでしょう!? だって、あのとき……約束してくれなかったもの!」
全員の視線がシャリアディースに注がれる。
嫌味なくらい顔の整った新しい水の精霊は、氷の彫像のように静かにそこに立っていた。
無表情だったその顔に、ふっと小さな笑みが浮かぶ。
「ふ。ははっ、はははははっ! そうとも。私が水の精霊を殺させた。そうすることでより大きな力を得ることができるからだ。アスナの魔力が暴走したのだけは想定外だったがね。ギズヴァイン教授のことはもちろん、助けるつもりなど端からなかったとも!」
「シャリアディース!」
わたしは叫んだ。
手の中の銃が今にも暴れ出しそう。
やっぱり、コイツだけは許せない……!
もう、このまま撃ってもいいんじゃないか。そう思ったとき、わたしとシャリアディースの間にジャムが割り込んできた。
「どいて、ジャム!」
「よすんだ、アスナ!」
ううん、ジャムだけじゃない。
ドーナツさんもカーリー先生も、わたしの前に立ちはだかってシャリアディースを守ろうとする。
「やめなさい、アスナちゃん!」
「アスナさん、その銃をこっちに……」
「いや! 離してよ蜜! アイスくんまで!? わたしの邪魔しないで! どうしてそんなヤツ庇うのよ!」
蜂蜜くんの手から逃れながら、わたしは裏切ったアイスくんへの憎しみを言葉にしてぶつけた。どうしてよ! おかしいでしょう?
どうして皆、シャリアディースを庇うの?
ソイツのせいで先生は……!
もみくちゃにされながらも、わたしは銃を離さなかった。シャリアディースに銃口を向ける。でも、このままじゃアイツには当てられない。
「どいて! じゃないと、巻き添えにするわよ!」
「アスナ!」
ふわりと、白い髪が舞う。
わたしはキャンディに抱きしめられていた。
キャンディ……泣いてる?
どうして?
「もうやめて……。お願いよ、アスナ。あんな男のために、貴女の身を犠牲にしないで……」
「キャンディ」
「皆、あの男を庇っているのではないわ。貴女を、大切に思っているのよ。貴女に精霊になってほしくない、貴女に消えてほしくないの。それがきっと、アルクレオ先生の願いでもあるはず。だから、お願い。銃をちょうだい」
「でも……そんな……。だって、先生は……もう……いないのに。わたしだけ、この世界に残されて……このままこんな気持ちで生きていけっていうの!?」
「アスナ……」
「そんなのムリだよぉ! こんなのって、ひどすぎる…………先生……ううっ……!」
膝から力が抜けていく。
キャンディに抱き止められて、わたしは泣いた。
銃も取り上げられて、シャリアディースに復讐することもできない……。わたし、これから、どうすればいいの……?
「……シャリアディース。国王としてお前を、この国から追放する。もう二度と俺たちの前に……アスナの前に現れるな!」
ジャムの声が遠くで聞こえる。
そう……アイツは追放されるのね。
「残念だよ、オースティアン。だが、仕方があるまい。今すべてを手に入れることはできないが、時間は常に私の味方だ……。それでは、さようなら、諸君」
ああ、シャリアディースが行ってしまう……。
結局、アイツの一人勝ちなのね……。
わたしがさらに落ち込んだ気持ちになったとき、ドーナツさんがアイツを引き留めた。
「待った! 木になりかけてたアスナを救ったんだから、ギズヴァイン先生のことも当然、戻せるんだろう? だったら、元に戻して行けよ!」
「え……」
どういうこと?
だって、もう、手遅れなんじゃ……。
「先生は言ってたぜ。自分がアスナの魔力に形を与えて、精霊になるって。さっきの会話を聞いてる限りじゃ、まだ先生は精霊になっちゃいないんじゃないのか?」
「マカロンさん!」
「確かに。その男の言うとおりだ。この木は、まだアスナの魔力のままだ」
じゃあ……先生は、まだ生きてるってこと!?




