悲しい再会
▶【ここに残る】
わたしは……
その手を取ることはできない。
「アスナちゃん?」
「ありがとう、クッキーくん。でも、クッキーくんに負担はかけられないよ。それに、こんな時間に行っても、また、迷惑になっちゃったら……」
先生の本当の気持ちを聞き出すために行くのに、こんな時間に押しかけたら逆効果な気がする。わたしが飛び出してきちゃったのも、わたしが感情的になっちゃって、先生とちゃんと向き合えなかったせいだもん。
「それに、今はちょっと、頭の中が混乱してて……先生に会っても上手く話せそうにないの。さっきのアイスくんとマカロンさんの会話も、少しだけど、聞いちゃったし。……わたしのやろうとしてることはムダなの?」
わたしはマカロンさんに向き直った。
見上げるほど長身になってしまった闇の精霊は、それでも前と変わらない表情でゆっくり首を横に振った。
「ムダにはならない。精霊になれば、記憶は残れど人格は消え、まったくの別人となってしまうだろう。だが、私が責任を持って新しいお前にあの男を助けさせる。約束しよう」
「そう……。それなら、いいの。……ありがとう」
ホッとしたら何だか疲れちゃった。
ついさっきまで寝てたのに、どうしてかな。
「アスナさん、よかったらお風呂に入ってゆっくりしてきたらどうかな。ギズヴァイン先生のお宅には、明日、僕が必ず送っていくから」
「せっかく回復した魔力も散ってしまった、少しでも休んで魔力を溜めるといい」
アイスくんとマカロンさんにそう言われて、わたしはふたりに従うことにした。クッキーくんはギュッとわたしに抱きついて、マカロンさんをずっと睨んでたけど。
朝、目が覚めたとき、何故だか泣いていた。
ぼんやりして、頭の芯が痺れているような、そんな不思議な感覚の中わたしは朝食を摂って身支度を整えた。
新しい服に袖を通す。アイスくんがわたしのために用意してくれたのは、オレンジ色のシフォンのワンピースドレスだった。焦げ茶色のチョーカーと、同じ色のハイヒールを履く。
「アスナちゃん、笑って。大丈夫、きっと上手くいくよ!」
「うん……ありがとう、クッキーくん」
クッキーくんに手を引かれて、わたしは先生のいるお屋敷へ戻った。マカロンさんとアイスくんも一緒に。少し遠くから眺めるお屋敷は、何だか余所余所しい感じがする。
わたしは緊張しながら近づいていった。
お屋敷の門まで来たとき、たくさんの人が集まっているのが見えた。
ギクリと体が強張る。
嫌な予感に心臓が絞られるような痛みを感じた。
アイスくんがわたしの心の中を代弁するように、不安げに言った。
「どうしたんだろう。何か、あったのかな」
「先生……」
わたしはお屋敷へ急いだ。
エントランスポーチには花やリボンが飾られ、ドアは開けっ放しで、くすんだ色の礼装に身を包んだ男女が入り乱れていた。わたしは、その人たちの行き先である中庭へ急いだ。
行列を掻き分けて人垣をくぐって行くと、その中心にはなぜかベッドと、その上には……根を細かく伸ばした木があった。
「いやぁぁああっ!」
わたしの悲鳴に、皆一斉に振り返る。
その中には見知った顔が全員揃っていた。
「先生! 先生……! どうして……!」
靴が脱げるのも構わず、駆け寄って抱きしめた。
誰かがわたしの名前を呼ぶのも、引き離そうとする手も振り払って、わたしは先生を抱きしめて泣いた。
間に合わなかった……。
わたしのバカ! どうして、昨日のうちに会いに来なかったんだろう。先生に会いたい、名前を呼んでほしい……また先生に会えるのなら、命だって、いらないのに……。
「アスナ、今までいったいどこにいたんだ! 探したんだぞ!」
「ジャム……」
「今朝、ギズヴァイン教授の容態が急変して、お前に何度も伝書機を飛ばしたんだ。ディースも手を尽くしてくれたが……」
わたしはシャリアディースを睨みつけた。
手を尽くした? 誰が?
コイツのせいなのに!?
「シャリアディース……!」
「アスナ、こんなことになって私もとても残念だよ。せめて、もう少し早く気づけていればと、悔やむばかりだ」
「……!」
どの口が……!
コイツだけは、許せない!
わたしは立ち上がって、蜂蜜くんへと駆け寄った。驚きに目を見開く蜂蜜くんに、噛みつく勢いでわたしは言った。
「蜜、アレ出して!」
「アスナさ」
「いいから! わかるでしょ? 早く!」
蜂蜜くんは黙ってあの銃を胸の内ポケットから取り出した。やっぱり不思議な形をしていたけれど、どこをどう向ければいいのか、わたしにはすぐにわかった。
「安全装置は?」
「すぐに撃てます。魔力を込めて対象に向けてください」
「わかった」
わたしは振り向きざまに一発、シャリアディースの足元に打ち込んだ。どよめきと悲鳴が上がる。蜂蜜くんとの短い会話の間に、口々にわたしに何か話しかけてきていた人たちは全員黙った。
「シャリアディース! アンタは絶対に許さない。ホントは言い訳も許さずに撃ち殺したいところだけど、今ここで、皆の目の前で自分のやったことを打ち明けて謝るなら、命だけは見逃してあげる……」
その場にいた全員の視線が、シャリアディースに集まった。




