精霊になる方法
「アスナちゃんに触るな!」
どこかから聞こえてきた声に、蜂蜜くんの動きが止まった。この声は……。
「クッキーくん!」
「大丈夫? 今助けるからね!」
「待って、いいの。大丈夫。……蜂蜜くん、どいて」
クッキーくんがいるからか、蜂蜜くんはアッサリとわたしを離してくれた。光の精霊、クッキーくんに会うのもすごく久しぶりな気がしてる。前に会ったときも三歳児くらいの大きさだったけど、今はもう少し縮んでいる気がする。
クッキーくんはわたしに駆け寄ってきて、立ち上がったわたしの膝にギュッと抱きついてきた。もしかして、蜂蜜くんから守ろうとしてくれてるんだろうか。わたしはそっと柔らかい金髪を撫でた。
「蜂蜜くん……」
「ボクは本気ですよ。アスナさんをひとりの女性として、愛しています。あのひとより、ボクを選んでください」
真剣な表情でわたしを見つめる蜂蜜くん。見慣れていたハズのその顔が、今は別人みたいに見える。
わたしは信じられない気持ちで首を横に振った。
「そんなの、ムリだよ……」
「死んでいく人間のために、自分を犠牲にするなんて間違っていますよ」
「先生は死なせない! もうやめてよ、そんなの聞きたくない。蜜ちゃんの口からそんな……」
「アスナさん」
「帰って。もう、帰ってよ!」
わたしの言葉に、蜂蜜くんはため息をひとつこぼして、何も言わずに背を向けて去っていった。わたしはそれを見送って、それで、その場でヘナヘナとしゃがみ込んでしまった。
「うぅ……」
「アスナちゃん、大丈夫?」
クッキーくんは涙を流しているわたしを抱きしめて、優しく頭を撫でてくれた。その手が優しくて、わたしは思い切り泣いてしまった。
しばらくそうしていて、ようやく落ち着いたわたしはクッキーくんにお礼を言って謝った。遅すぎるくらいだけど、クッキーくんは笑って許してくれた。
「クッキーくん、助けてくれてありがとう。それと、泣いちゃってごめんね」
「ううん、ちっとも! それより、ボク、もう行かなくっちゃ。これからお仕事なんだ〜」
「あ……。そっか、もう、朝だ……」
「アスナちゃん、立てる? どこか行きたい場所があるなら、途中で下ろしてあげるよ」
クッキーくんは、わたしに詳しい事情を聞かなかった。わたしはそれにホッとしながら、マカロンさんのところに行くところだったことを話した。
「カロンのところへ? わかった、じゃあ、呼んであげる! カロン! カロン、来て〜! アスナちゃんを助けてあげて!」
クッキーくんが空を見上げて叫ぶ。
マカロンさん、来てくれるかな。
「……呼んだか、ルキック」
「カロン!」
後ろから聞こえてきた声に振り向くと、見慣れない男のひとが立っていた。透け感のある黒紫のローブを身に着けた、長く真っ直ぐな黒髪をそのまま垂らした、若い男のひと。
もしかして、このひとは……。
「マカロンさん……?」
「ああ」
「カロン、アスナちゃんをよろしくね!」
「……わかった」
クッキーくんはマカロンさんにわたしを託すと、手を振って行ってしまった。わたしも手を振ってそれを見送って、黙ったままのマカロンさんに向き直った。
「あの……ずいぶん、雰囲気変わりましたね」
「中身は変わらない。ルキックに合わせてあの姿になっていただけだ」
「そうなんだ……。でも、クッキーくんは縮んでたのに、どうして?」
「……ルキックは大きく力を落とした。体を小さくすることで、エネルギーの消耗を抑えているのだ。私も痛手を受けたが、そこまでではなかった。今は、ルキックとの力のバランスを取るために試行錯誤しているところだ」
そういえば、そんなことをソーダさんが言ってた気がする。
「バランスが崩れちゃったら、どうなるの?」
マカロンさんは首を横に振った。そして逆にわたしに質問してきた。
「私に何の用だ?」
「……助けてほしいの。水の精霊が消えてしまったとき、わたしの魔力が暴走して……わたしを助けるために、代わりにそれを引き受けてくれたひとがいたの。わたし、そのひとを、助けたくて……。力を貸してくれませんか?」
「……その男については、聞いたことがある。元々、生まれてくるはずのなかった命を、シャリアディースによって生かされたとか。お前の暴走した魔力を代わりに受け入れることができたのも、普通の人間ではなかったからだろうな」
「そうだったんだ……。その、先生がね、わたしの魔力のせいで苦しんでるの。お願い、先生を助けて。わたしにできることなら、何でもするから」
「……難しいことを言う」
マカロンさんは渋い顔になったけど、わたしはむしろホッとしていた。だって、「無理だ」とは言われなかったから。難しいってことは、逆に言えば「できる」ってことでしょう?
「難しくても、必ずやり遂げるよ! だから、教えて! お願い!」
「……助けることはできても、共には生きられないかもしれないぞ。それでも構わないのか」
「構わない!」
「失敗すれば、すべてを失うとしても?」
「いいよ……。今のままでいたら、結局は先生を失うだけ。それに、どうせ嫌われてるから」
「…………」
「わたしは、借りを返したいの。先生を普通の人間と同じように、安心して暮らせるようにしてあげたい。それがムリでも、せめて元通りにしてあげたい。それが、わたしの『責任』の取り方なの」
「……いいだろう。ならば、お前が精霊として十全に能力を発揮できるよう、私が指導してやる。植物の力は癒やしの力でもある、きっとお前の望みは叶う」
「ありがとう、マカロンさん」
安心したら、力が抜けてきちゃった。体がダルい……。
「疲れ切っているようだな。……仕方がない、アイスシュークに用意した隠れ家まで連れて行こう。そこで少し休め」
「うん……」
「人間の体は不便だな。弱いし、すぐに動けなくなる」
わたしを抱き寄せながら、マカロンさんは顔をしかめてそう言った。それが何だかおかしくて、わたしが笑うと、マカロンさんはさらに眉間のシワを深くした。
「もう、寝ろ。寝台へは運んでおいてやる」
フワッとした感覚があったときには、わたしはもう完全に目を閉じてしまっていた。お礼、言わなきゃな……。
この回のサブタイトルを改題します。
すみません。




