わたしの決意
ゼリーさんに連れて行かれた部屋には、カーリー先生、蜂蜜くん、それにソーダさんもいた。全員、わたしを見て気の毒なものを見るような目になる。
「どうして、わたしがここに呼ばれたんですか?」
「……今日、目が覚めてから色んなことがあったわね、アスナちゃん。兄さんのあの姿を見て、兄さんと話して、大体の事情はわかったんじゃないかと思うんだけど……」
カーリー先生の言葉にわたしは首を横に振った。
「先生とは、ちゃんと話せなかったの。でも、シャリアディースに聞かされて、事情は知ってるつもり。ソーダさんにも聞いたしね。……でも、シャリアディースが水の精霊である以上、殺すことはできないし、誰も逆らえないんでしょ?」
「少なくともボクは違いますけどね。アイツの魔力を破る武器もありますし」
「蜜……」
蜂蜜くんが進み出て、例の銃みたいなものを見せびらかした。でも、蜂蜜くんはシャリアディースの命令に逆らえないんじゃなかったっけ?
「ボクの契約は結界に魔力を吸われないようにするってものだったので、今のボクは自由ですよ〜」
「ジェロニモも自由になったよ。私と契約し直したからね」
「もしかして、そのために、瞳を……?」
ゼリーさんは「違う」と首を振った。カーリー先生が引き継いで説明してくれる。
「兄さんが宰相に頼んで、アスナちゃんの暴走する精霊の力を引き受けたとき、兄さんは反動で死にかけたの。それを安定させるために、風の精霊様の力が必要だったから……」
「それで、瞳を?」
「私の力が十全なら良かったんだけど……。あのときには、これが最善の策だと思ったんだよ」
ソーダさんが申し訳なさそうに言う。でも、ソーダさんのせいじゃない。
「ごめんなさい、わたしのために」
わたしはゼリーさんの左目だけになっちゃった赤い瞳を見上げた。蜂蜜くんやカーリー先生は、口々にわたしのせいじゃないって言ってくれるけど、やっぱり責任を感じちゃう。
「……問題ない。おかげで、ヤツの呪縛から逃れられた」
「でも」
「でもも何もない。今は気になるかもしれないが、飲み込んでおけ。悪いのはヤツだけだ」
「……ありがとう」
ゼリーさんは小さく頷いた。
シャリアディースのことは許せない。けど、アイツを殺してしまったら、また精霊たちに異常が起こる。そんなことになったら、わたしもただじゃ済まないし、今度こそ世界が壊れちゃうかもしれない。
それに、シャリアディースはこの国の宰相で、権力がある。ジャムが話してわかってくれたらいいけど……シャリアディースが精霊の力を使って暴れたら、とんでもないことになりそう。
「結局、どうしたらいいの?」
「それなのよね、困っちゃうわ〜」
「…………」
えっ、まさかの誰にも状況を打開するアイデアがない?
「あ〜、あのね、半分樹になってる彼については、やっぱり、カロンの知恵を借りるのが一番だと思うんだ」
ソーダさんがのんびりと言う。他力本願だけど、やっぱりマカロンさんを頼るより他にないよね。
「それは、わたしもそう思う」
「カロンと話ができるのは日中だけだよ。できるだけ早めに会いに来るよう言っておく」
「あとは国内の問題ですねぇ。あの陰険酢飯野郎が諦めるとは思えないんですよ」
蜂蜜くんが肩をすくめながら言う。……わたしも、それは思ってた。どうしよう。
「お城には招かれると思うのよね。アスナちゃんが寝たきりになってた間、陛下はお忍びで何度かウチに来られてたし。でも、絶対にひとりきりになっちゃダメよ?」
「そっか……。わかりました、気をつけます」
ジャム、お見舞いに来てくれてたんだ……。
帰ってきたジャムが本人かどうかも含めて、会わなきゃいけないとは思う。でも、お城に行くのはちょっと怖い。できればそれは、後回しにしたい。
「大丈夫、アスナさんはボクたちが守りますよ」
「ありがとう、蜜」
震えるわたしを、蜂蜜くんが抱き寄せてくれた。
「学園に帰るより、ここでお世話になった方がいいでしょうね。ボクもここに部屋をもらっているんですよ」
「そうなんだ。でも、キャンディが……」
「キャンディさんも、きっとそう言うと思いますよ。彼女には知らせてあります、また明日にでも訪ねてくるんじゃないですかね〜」
「そっか」
カーリー先生もわたしにこのまま居るように勧めてくれた。その言葉に甘えて、今夜はもう休ませてもらうことにした。
ひとり、窓辺で月を眺める。
不安があふれて、涙がこぼれた。
先生に拒絶されちゃった。
側にいたいのに、それすら許してもらえなかった。
「先生……」
もしかして、先生はあんなことになって後悔してるんじゃないかな。
ううん、きっとそう。
でも、わたしにはそれを言えなかったんだ。
わたしに責任がないわけ、ないもんね。わたしが可哀想だから、わたしを家に帰さなくちゃいけないから、先生は「責任を取って」あんなことになったんだ。そんなわたしに、側にいてほしいわけ、ないよね。
「早く、何とかしなくちゃね。きっと治してあげるから、待ってて、先生」
今のわたしにできることは、それしかないんだから。
わたしは、先生を元に戻す。何を犠牲にしても。
それこそ、精霊になったって構わない。
ただ、先生に嫌われたままなのだけが、心残りかな。最後にもう一度くらい、先生の笑顔が見たかった。優しく名前を呼んでほしかった……!
わたしはそっと部屋を抜け出した。
このままここにいたら、きっと迷惑になる。
それに、マカロンさんしか頼れないなら、わたしから出向かないといけない。精霊はきまぐれだし、積極的には手を貸してくれないから。ギースレイヴンにいたときだって、帰る手段についてヒントはくれたけど、すぐさま動いてくれたわけじゃなかったもの。
次にここへ帰ってくるときには、きっと、先生を治す手段を見つけているからね。
「さよなら、先生……」




