拒絶
わたしは先生が起きてくるのを待った。無理やり起こしたくなる気持ちを抑えて、先生の寝顔を眺めていた。
わたし、今までずっと、アルクレオ先生のこと勘違いしてたみたい。年齢以上に落ち着きがあって、頼りがいがあって、いつも優しく笑ってくれてた先生。
だからわたし、先生は完璧なひとなんだと思ってた。
すごい職に就いてるのに嫌味っぽくないし、いつでもお手本になってくれるし。先生なら、何でも答えをくれるって思っちゃってた。
先生のこと、なにも知らなかったくせにね。
本当の先生に近づけたのは、きっと、ジャムがいなくなってから。
皆が一丸となって協力していたあのとき、わたしは先生の知らなかった一面を見た。
先生も呆れたり、笑ったり、ちょっと意地悪だったり。わたしと年齢の変わらない普通の男の子みたいなところがあった。双子の弟であるカーリー先生と拗れてたりもして、何でも完璧な超人ってわけでもなかった。
それなのに、ふとしたときに気づくの。
先生は自分を犠牲にしすぎてる……。
死にかけたのに、目覚めてすぐに国のことを考えて動こうとしたり、わたしの身代わりになったり……。
「おかしいね。わたしたち、代わりばんこに眠り姫になってるみたい。先生……キスしたら、もう一度目を覚ましてくれる? このまま植物になっちゃったり、しないよね……」
先生のガサガサになっちゃった右手を撫でながらわたしは涙をこぼした。もう、まるで本物の樹皮みたいになっちゃってる。このままどんどん広がって、体全部が植物になっちゃったら、先生はどうなっちゃうんだろう。
わたしを家に帰して、このまま、自分ひとりで死んでいくつもりだったの!?
そんなの、嫌だ! そんなの絶対に許さないんだから!
シャリアディースの力を借りられないなら、精霊の力を借りよう。
誰か、ひとりくらい何とかできる力を持ってるでしょう? もしもそれすら無理だったら、わたしは……わたしが精霊になって、先生を助ける!
「……アスナさん?」
「先生!」
かすれた声がわたしを呼ぶ。気がついたら先生が目を開いていた。
先生は自由になる左手をわたしの方に伸ばしてきた。
「どうして……帰ったのではなかったのですか?」
「まだ、帰る時間じゃないですよ」
わたしは誤魔化してそう言った。先生の頭がゆっくり横に振られる。
「アスナさん、あなたは帰れるうちに帰るべきです。これ以上、あなたを私たちの事情に巻き込みたくない……」
「嫌です」
わたしはキッパリと宣言した。先生の目が見開かれる。
「ジャムが帰ってきたら、先生の体のこと、調べに行こうって言ったじゃないですか! それなのに、わたしの身代わりになって、別の問題まで背負って……。わたしに嘘つかないって言ったのに、わたしを騙したでしょ。わざと黙ってるのなんて、ひどいです」
「アスナさん……」
「今度は、巻き込んじゃったのはわたしのほう。シャリアディースの力を借りなくたって、わたしが先生の体を治してみせる! だから……お願いします。わたしを側に置いてください。お願いします……!」
わたしは先生の左手を取って、ぎゅっと握りしめた。
先生がつらそうに顔をしかめる。
「……あなたに、責任はありません」
「聞きました。水の精霊が死んだって。そのせいだって。でも、先生はわたしの唇を奪った責任を取って身代わりになったんでしょう? 今にも、死ぬかもしれないくらいに弱ってるのは、そのせいなんでしょう? そんな責任の取り方、わたし、認めません。そんなやり方なら、責任なんて取ってほしくない!」
先生は、わたしから目を逸らした。答えを探し求めるように視線をさまよわせて、そして、苦笑した。
「……ご迷惑になってしまいましたね」
「!」
「良かれと思ってのことでしたが、あなたに要らぬ心労をおかけすることになってしまいました。申し訳ありません」
「先生! わたし、そんなつもりじゃ……!」
「失礼ついでにもうひとつ、よろしいですか。少し疲れましたので、ひとりにしていただけるとありがたいのですが」
「せん、せい……」
「どうか。お願いします」
「わかり、まし、た……」
先生はわたしを見てくれなかった。
明確な拒絶。
わたしは……その場から逃げ出した。
どこへどう行ったのかも覚えてない。とにかく、誰にも見つからない場所に行きたかった。どうして、あんな風に責めちゃったんだろう……言いたい言葉は、まったく違ったハズなのに。
どうすればよかったのかな?
なんて言えばよかったのかな?
先生の体を治してあげたい、側にいたいっていうわたしの気持ちは、先生には届かなかった。やんわりと、遠回しに拒絶されて、しかも反論さえ許してくれなかった!
先生はひどい。先生はズルい。
先生はわたしのこと、どう思ってるの……?
「せんせいのバカぁ……。わたしばっかり、好きで……こんなの、ひどいよぉっ!」
泣いて泣いて、泣き疲れて、もうこのまま行き詰まりの廊下で寝ちゃおうかと思っていたとき、ゼリーさんが現れてわたしを抱き上げた。
「ちょ、ちょっと……いきなり、なに?」
「話がある」
そう言うと、ゼリーさんは無言で歩き始めた。
わたしは抵抗しなかった。ゼリーさんの話も、聞いておかなきゃいけないと直感していたから。




