宰相とお茶を?
ジャムとのお茶会は、お茶請けがガチガチに焼き固められていることの他は楽しく進んだ。
柔らかいケーキもふんわりクッキーも何でも揃うお城でこんなの食べてるってことは、これジャムの好みか!
おせんべいとか好きそうだなぁ。バリバリかみ砕くんだろう、このめっちゃ固いクッキーみたいに。歯が丈夫なのはいいことだよね、うん。
おせんべいおせんべい……さすがに焼いたことないから分かんないけど、大体の行程は見当がつくから、もどきなら作れるかもしれない。ただし、この国に醤油があるとは限らないから今は言わないけどね。
っていうか本当におせんべい食べたい。お米食べたい。
卵かけごはん……!
帰りたいなぁ。
「なにを百面相しているのかな、妃殿下」
「してない。妃殿下でもない!」
「ふっ、照れるな、アスナ」
「照れてない!」
そんな恒例のやり取りをしつつ、わたしはシャリに質問する機会を伺っていた。そしてそれはわりと早めに回ってきた。
「陛下、農務大臣がお目にかかりたいと申しております」
「今か。まったく、遅れてくるぐらいなら今日は休めばいいだろうに」
ジャムが笑って言う。小さい国はのどかでいいね~、って思ったけども、ドーナツさんとシャリさんの空気がめっちゃ冷たい。なるほど、つまりこれが「若すぎる国王」ジャムへの他の人物の評価なわけね。舐められてるんだ……。
「アスナ、悪いがちょっと外させてもらうぞ」
「あ、行くんだ……」
「仕事だからな。他の奴がどんな姿勢で仕事に臨もうが、オレはオレの仕事をするだけだ」
「そっ……か。頑張って!」
「ああ、行ってくる」
一瞬、ほっとけばいいのにって思った自分が恥ずかしい。馬鹿にされてるの分かっててそれでも仕事に穴は開けないんだ。ちくしょう、ジャムめ。ちょっとカッコイイじゃん!
「あ~、嬢ちゃん、その……。宰相閣下とお茶してくれる? 俺、やっぱ行ってくるよ」
「いってらっしゃ~い。殴るのは無理だとしても思いっきり睨んでやって~」
「おう!」
ドーナツさん、さっきからソワソワしてたもんね。晴れやかな笑顔でジャムを追いかけて行った。こう、ご主人様にじゃれつく大型犬みたいな雰囲気あるよね。さすが属性が犬だけある。ゴールデンレトリバーみたいな?
「狂犬まで手懐けて、早くも国母の風格だね、妃殿下」
「どこまで想像してんのっ!?」
国母って子ども産むこと確定か!
あと、さらっとドーナツさんのこと狂犬って言ったよ、このひと!
「まったく。シャリさんもついて行けば良かったのに。ちゃんと仕事してるの、シャリさん」
「……お茶のおかわりはいかがかな? うちのは水が違うよ、水が」
誤魔化した!!
「サボリの宰相さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。わたしに魔法かけた? 例えば、わたしに向かって飛んできた物がぶつからないような魔法」
「ああ。ちょっとした保険にね。……もうそれが機能するような事態になってしまったのかい? あんまり酷使するとかけなおさなければならなくなるんだがね」
そう言ったシャリさんの口許はにこやかだったけれど、目にはなんだか剣呑な光が宿っている気がした。咄嗟に「ボールが飛んできたのよ」と嘘をついて、蜂蜜君のことは黙っていることにした。このひとはダメだ……マフィアの出てくる映画だと「目撃者は消せ」とか言い出すインテリヤクザタイプだ……。
「それにしても、その、弾く魔法はどこまで弾いてくれるの? 柱にぶつかるようなときとか?」
「そうだね……当たれば痛そうな物はすべて弾いてくれると思うよ」
「そんな適当な!」
「……魔法はね、複雑で、曖昧で、そしてそれを使いこなせる者にとってはとても便利なのだよ。そもそも魔法というものは意志の力によって発現する、物理法則に反した現象のことだ。そこには人間たちの住む世界とはまったく違う、別のルールが存在している」
……て、テキストログはどこ?
これってスキップして後から読み返せるやつじゃないの?
思わず慌てるわたしを見てなのか、シャリがクスッと笑う。
「誰にでも得手、不得手はある。無理に学ばずとも良いのではないかな」
「それはそうだけど……でも、もしかしたら帰るためには魔法のことを知らなくちゃいけないかもだし、わざわざ教えてくれてるわけだから。ちゃんと聞いておきたいって思っただけだよ」
「おやおや。嫌われているかと思えば、かようにお優しい言葉をかけていただけるとはね」
「ヤな言い方~。別に優しくしてるわけじゃないもん。でも……もし時間があったら、魔法についてまた教えてくれますか?」
「私に敬語は不要だよ、妃殿下。もちろん、いつでも好きなときに来るがいい。魔法について教えて差し上げよう」
「ありがとう。ところで、いつでも来ていいってことは、やっぱり仕事サボってない?」
「…………お茶請けのおかわりはいかがかな?」
「仕事しろ」
ジャムのためにも、それだけは言っておかないとと思った。




