分岐点 5
ソーダさんに連れられて、お城までやってきた。でも、ここから大変なんだよね。誰にも知られないようにシャリアディースに会わなくちゃ。
「ねぇ、ソーダさん、相談なんだけど、シャリアディースの部屋のバルコニーまで連れて行ってくれないかな」
「シャリアディース!?」
「ちょ、ソーダさん声が大きい!」
わたしはソーダさんの服の裾を摑んで、息を殺した声で注意した。ここで衛兵さんに見つかったら、シャリアディースの手紙にあった条件の『誰にも知られずに』って部分が守れなくなっちゃう。
「君を奴の下へ連れて行くわけにはいかない! 奴こそすべての……!」
「そこまでにしておいてもらおうか」
「シャリアディース!」
「シャリ……」
ソーダさんが今まで見たことないような、歯を剥き出しにした怒りの表情で怒鳴っているのを、シャリアディースの挑発的な声が遮る。
上から降ってきた声に空を仰ぐと、バルコニーとかじゃなく直接空に浮かんでいた。
「おいで、アスナ」
「わあっ!?」
わたしはいきなり浮かび上がった。無重力ってこんな感じなのかな? 何かに引っ張られたと思ったら、シャリアディースが隣りにいた。正直、不安定すぎて怖いけど、下手に動くと落っこちそうで動けない!
「ソダール、貴方の出る幕はないよ、そのまま帰りたまえ」
「……彼女に危害を加えたら許さない」
「ははははは! 私が? おかしなことを言うのだな」
悪役か!
なに高笑いしてるんだコイツは。
シャリアディースがわたしを抱き寄せようとするから、わたしは手を突っ張って抵抗しようとした。けど、その途端にバランスを崩して、結局はシャリアディースに抱きつくことになっちゃった。屈辱!
「それでは、我々はこれで失礼するよ」
「あ、ちょっと!」
「貴方も自分の仕事に戻りたまえ、ソダール」
だから、悪役かって!
シャリアディースはわたしを抱いて、バルコニーから部屋へ入った。地面に足がついてすぐ、わたしはシャリアディースを突き飛ばすようにして体を離して距離を取った。
「つれないな、アスナ。まぁ、ゆっくり話をしよう。お茶でもいかがかな?」
「いらない。わたしはアンタと馴れ合いに来たわけじゃない。真実を知るために来たの。先生は何かを隠してる……それを知ってて、わたしをここまで呼び出したんでしょう?」
「くくく……さて、どこから話したものかな? もちろん君の疑問には答えるのだが、かなり込み入っていて単純にこうだと言えるものではないのだよ。そのためにもまずは、ここへ座らないか?」
部屋の中にある椅子とテーブルを勧められて、わたしはとりあえず頷いた。
「わかった。でも、その前にこれだけは教えて。ジャムが帰ってきたって聞いたけど、ジャムは……ジャムのままだよね?」
シャリアディースの目的は、千年前に死んじゃったギースレイヴンの王子さまを蘇らせることだって聞いていた。
けど、それが本当かどうか、わたしはまだシャリアディース本人に確かめてない。ジャムが帰ってきたって聞いても、本人に会ったわけじゃない。
だから……。
「彼は、彼のままだよ、アスナ。私は何もしていない。いや、何もできなかったというのが正しいかな。気になるなら会いに行きたまえ。今夜今すぐというのはさすがに難しいがね」
「ううん、それならいいの。……安心した」
嫌なヤツだし、悪いヤツだけど、やっぱりジャムのことは大切に思ってたんだね。最後の一線を越えてないと知って、わたしはすごく安心した。
わたしが席につくと、正面に座ったシャリアディースは、少し考えてから話し始めた。
「そうだな……。アスナはこの世界を動かしているのが精霊だということは知っているかな? 今回の事の発端は、ギースレイヴンとジルヴェストの者たちが水の精霊、シャーベ・スベルベルトの眷属であった海竜を殺してしまったことにある」
「海竜って、あの、海で暴れてたっていう? あれってシャリさんのペットじゃなかったの?」
「なぜそんな話になっているのかはわからないが、違う。とにかく、私とオースティアンを探しに来た騎士たちは、ギースレイヴンの兵士たちが海竜を攻撃しているところへ偶然居合わせ、海竜を殺す手助けをしてしまったのだ。あの海竜が暴れ者で手が付けられなくなっていたが、それでもこの世界にとっては不可欠な存在……私を含め、精霊やそれに匹敵する魔力の持ち主たちは世界が受けたものと同じ痛みをその身に受けた」
「え……」
ドキッとした。
お店にいたとき、いきなり体中が痛くなったのは、もしかしてそのせい……?
「眷属を殺されたシャーベは怒り狂い、騎士たちに襲いかかった」
「えっ!? そ、それで、どうなったの? まさか……!」
ドーナツさん……!!
「落ち着きたまえ、怪我人は出たが死者は出ていない。それよりも、その先が重要なのだ。この戦いでシャーベは消え去った……そのせいで世界はさらに大きな痛手を受けたのだ。そして、その影響は他の精霊たちにも表れた」
「さっきのソーダさん、顔にヒビが入ってた。じゃあ、シャリさんも?」
「ああ。見えないところにね。だが、一番重篤だったのは君だよ、アスナ」
「えっ、わ、わたし!? 確かに痛い思いもしたし、倒れちゃったけど、わたしはもう大丈夫だよ?」
わたしの言葉にシャリアディースは首を横に振った。
「体の痛みを感じ、実際に倒れたというのに何の後遺症もない方がおかしいと思わないか? 事実、君はこの一か月と言うもの、意識もなくただ眠り続けるだけだったのだよ」
「!」
「君の属性は植物だ。魔力の暴走でそれが顕在化し、君は半分以上植物に飲み込まれていたんだ」
「う、そ……だって、それじゃ……」
鏡を見たときの違和感は、それだったの? 一ヶ月寝たきりだったなら、確かに髪の毛が長くなっているハズだ。そして、前髪だけが変わらなかったのは、切り揃えられていたから?
わたしが目覚めて、何の不自由も感じずにいることに理由をつけるなら、誰かが魔力の暴走を止めてくれたことになる。今日、急に帰れと言われたこと、一度も顔を見せてくれないアル先生のこと……ああ、胸がザワザワする……!
だって、だってわたしの好きな先生は、大事な話を顔も見ずにするひとじゃない!
「……自分でも察するところがあるようだね。そうとも、すべての負債を君に代わって彼が引き受けたのだよ。ほら、この杯を覗き込んでご覧」
「先生!」
言われるままに平たい銀の大きなお皿を覗き込むと、そこにはなぜか、先生の姿が映っていた。場所はたぶん、先生の部屋。苦しそうに体を折りながら、机に向かっている。その体の左半分が木の幹みたいなささくれに覆われていた。
「先生……、先生! どうして、こんな……」
「それだけ君が大切だったんだろう」
「シャリさんがやったの!? 先生を元に戻して! お願い……!」
「こうすることが彼の望みなんだとしても?」
「それでも! わたしは、先生に苦しんでほしくない……。ホントはわたしがこうなってなきゃいけないハズなんでしょう? ねぇ、お願い……シャリアディース!」
「いいとも。その代わり……私の望みも叶えてくれるね?」
わたしは……
▶【わかった】
▷【……信用できない】




