部屋を抜け出して
申し訳ありません、暑さで体調を崩してしまいましたので、月末まで更新をお休みします。また9月から連載していきますので、お待ちいただけたら嬉しいです。
▶【行く……かも】
わたしは……行きたくないなぁと思ってしまった。
黙っていると、手紙を持ってきてくれた男のひとが、腰を低くしてわたしの顔色を伺ってきた。
「あの、お返事は……?」
「う〜〜ん、無理そうなので行かないって伝えておいてください」
「えっ、そ、そんな……どうしても無理でしょうか」
「無理ですね」
「……宰相閣下の頼みなんですよ?」
「なおさら無理ですね」
「何故っ!?」
いや〜、なぜって聞かれてもな〜〜。
食い下がる男のひとをメイドさんが追い出してくれて、やっと静かになった。
それにしても、シャリのやつ、帰ってきてたんだ。ということは、ジャムも? それにしては、呼び出しの内容的にお祝いパーティーっていうわけじゃなさそう。だってコレ招待状じゃなくて、脅迫状だしね。
わたしはとにかく、一度部屋に戻ることにした。考えなきゃいけないことはたくさんある。わたしが倒れている間に、色んなことが起こったみたいだし。
メイドさんに話を聞くと、ドーナツさんたちが海で暴れ海竜に襲われていたとき、シャリアディースがやってきて助けてくれたのか。それで、ジャムを連れて帰ってきたらしい。
ギースレイヴンの話だと、あの暴れ海竜、そもそもシャリのペットじゃなかったっけ? 疑問は残るけど、あの国にとっては良かったことなんじゃないかな。
そして、お祝いのパーティーもわたしが寝ている間に開かれていたらしい。だったらなおさら、あの脅迫状の意味がわからない。どうして先生を餌にわたしを呼び出すの?
「う〜〜ん……」
シャリアディースの意図が読めない。
そこに控えめなノックが聞こえてきて、先生の声がした。
「アスナさん」
「あ、先生! 今、開けますね……アレ?」
「すみません、アスナさん。そのまま聞いてください。今夜、あなたを元の世界に送り返します」
「えっ、そんな、急に? どういうことなんですか?」
「今夜でないとダメなのです。支度を整えますから、誰にも知らせず、待っていてください」
「待ってください。わたし、まだ……」
「申し訳ありませんが……後で迎えに来ます」
「先生! 待って、先生!」
ドアノブを回したけど、やっぱり開かない。
閉じ込められたんだ……!
「どうして……わたし、まだ、納得してない……」
冷静に考えて、先生のやることには理由があると思う。
わたしを閉じ込めているのも、誰にも内緒でわたしを元の世界に帰そうとしていることも。
だって、普通に考えたら友達やお世話になった人たちにお礼とお別れくらい言わせてくれるでしょ。先生ならきっとそうする! でも、それをしない、できないってことは、そうできないだけの理由があるんだよ。例えば、誰かの邪魔が入るとか……。
わたしはシャリアディースからの手紙を置いてあるテーブルを睨んだ。
きっと、コイツのせいだ!
だいたい、今日ここにわたし宛の手紙が届いたのがおかしな話じゃない?
わたしが倒れて寝込んでるって聞いてたとして、どうして先生の家に手紙を出すワケ? 仮に、わたしが先生の家でお世話になってると知ってたとして、どうしてわたしが動ける前提の手紙を寄越してくるのよ。
怪しい……怪しすぎる!
こんな呼び出しにノコノコ釣られていくバカはいないんじゃないかと思うくらい怪しい。
けど、わたしの心に引っかかっていることがあった。
あの手紙の存在が、気づかせてくれた違和感。先生はきっと、わたしに隠し事をしている。
適当な理由をつけてわたしを言いくるめないのは、きっと、わたしには「嘘をつかない」って言ったから。でもこんなの、嘘をつかれているのと同じだよ!
「……仕方ない、か」
シャリアディースのところに行くなんて、そんなこと、本当はしたくない。それに、せっかく帰れるチャンス、これを逃したらもう次なんてないかもしれない。
帰れる……帰りたい……。
でも、それ以上に先生のことが気になる! 先生ってば、自分のことは二の次で、無茶しちゃうところがあるから。会話をしても一度も顔を見せてくれないことも気にかかる。
そして、先生が隠していることを教えてくれるのは、悔しいけどやっぱりシャリアディースしかいないと思うから。
と、そう決心したはいいけれど、さて、いったいどうやって抜け出そうかな。部屋のドアには外から鍵が掛かってるし、ここは二階だし。……窓から木の枝に飛び移ればいけるかな?
「いやいや、さすがに無理だと思うけどな〜」
「あ、ソーダさん!」
窓辺に差し掛かる枝に座ってわたしに話しかけてきたのは、風の精霊、ソーダさんだった。けど、いつもの音楽はないし、心なしか声にも張りがない。そして何より、その顔が……。
「……どうしたの、その……」
わたしは最後まで言い切ることができなかった。
ソーダさんの右の顔には、目の上から頬の下まで、まっすぐ一直線にヒビが入っていた。まるで涙が流れているみたいに。
そして、右の瞳だけゼリーさんのように真っ赤になっていた。
ソーダさんの瞳は、どっちも髪の毛の色と同じ、澄んだ緑だったのに。
「ちょっと、色々あったのさ。気にしないで」
「……わかった。今は何も聞かないことにする」
「ところで、どうして部屋から抜け出そうとしてるんだい? キョウのところへ連れて行くにはまだ早すぎるよ」
「キョウって?」
「ああ、そうか。アスナはまだ知らないんだね。君を元の世界に帰してくれる、時の精霊の名さ!」
「そうなんだ……。それで、もしかしてソーダさんが連れて行ってくれることになってるの?」
「そうさっ」
そうなんだ。じゃあ、悪いひとに見つかっちゃったかな?
わたしはダメで元々と思いながら、ソーダさんにこの部屋から抜け出す手伝いを頼んだ。
「あのね、ソーダさん。お願いがあるんだけど、わたしをお城まで連れて行ってくれない? 無理なら、このすぐ下までだけでもいいから」
「城へ? いいけど、そんなところになんの用事があるんだい? 時間までに戻ってこられるのかい?」
「それは……わからない。けど、大事なことだと思うから」
「う〜ん、どうしようかなぁ」
「お願い! わたし、どうしてもお城へ行きたいの!」
両手を合わせてお願いすると、ソーダさんは複雑そうな表情で頷いてくれた。




