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わたし、異世界でも女子高生やってます  作者: 小織 舞(こおり まい)
ルート:アルクレオ
225/280


▶【行かない。行くわけない】


 わたしは、秒で即決して返事をした。


「すみません、無理なのでそう伝えておいてください」

「えっ、そ、そんな……どうしても無理でしょうか」

「無理ですね」

「……宰相閣下の頼みなんですよ?」

「なおさら無理ですね」

「何故っ!?」


 食い下がる男のひとをメイドさんが追い出してくれて、やっと静かになった。もらった手紙を持て余していると、それも引き取ってくれる。


「それにしても、シャリのやつ、帰ってきてたんだ……」

「えっ、シャリアディース様ですか?」

「あっ、うん。ジャム……国王陛下はどうしてるのかなって思って」


 その答えはメイドさんが満面の笑みで答えてくれた。

 ジャムが帰ってきたこと、海で暴れていた海竜が退治されたこと。お祝いのパーティーがどんなに豪華だったかも。


「よかった……」


 わたしが寝ている間に、色んなことがあったみたい。ギースレイヴンを苦しめていた海竜もいなくなったし、これからはクリームくんの国とも仲良くできるかな? それも含めて、ジャムとゆっくり話したくなった。


 お風呂の支度を始めるから部屋にいてほしいと言われて、わたしは大人しく二階に戻った。寝るだけだった最初の部屋には、ローテーブルとソファ、それに本棚なんかがある部屋が続いていて、わたしはそこで待つことにした。


 しばらくして、控えめなノックが聞こえてくる。もう支度が整ったのかと思うわたしの耳に、先生の声がした。


「アスナさん、いらっしゃいますか」

「あ、先生! 今、開けますね」

「いえ、そのままで聞いてください。今夜、あなたを元の世界に送り返します」

「えっ、そんな、急に……」

「今夜でないとダメなのです。支度を整えますから、誰にも知らせず、待っていてください」

「待ってください。わたし、まだ誰にもお別れとか……」

「申し訳ありませんが、諦めてください。……後で迎えに来ます」

「先生!」


 開けようとしたドアは開かなかった。鍵をかけられてる?


「先生!」


 返事はもらえないまま、夜になった。わたしは鍵を開けて入ってきたメイドさんに、室内にあるお風呂に案内されて身支度をした。用意された服を着て、差し入れされた夕食を摂って。でも、半分も食べられなかった。


 いきなり帰ることになって、さよならも言えないなんて……。

 納得はいかないけど、先生の決めたことだからきっと何か理由があるんだ。


 わたしは部屋の中で見つけたレターセットに、みんなに宛てて手紙を残すことにした。

 先生には直接伝えられるから、それ以外の全員に宛てて。一応、義理でシャリさんにもね。

 

 そうしている間にドアがノックされて、わたしはハッと顔を上げた。

 とうとう、お別れのときが来たんだ……。


「先生! ……アレ?」


 ドアを開けると、そこにはいつもより暗い表情のカーリー先生が立っていた。


「カーリー先生? アル先生じゃなくて?」

「……ごめんなさいね、アスナちゃん。兄さん、来られなくなっちゃったのよ」

「えっ」

「アタシが送っていくから。さ、こっちに来て」

「わたし……わたし、そんな……」

「ごめんね。でも、これがアスナちゃんのためなのよ。兄さんは、アスナちゃんを巻き込みたくないって、無事に送り帰してあげたいって言ったの。それが自分の責任だから、って」

「責任……」


 わたしがキスして先生の命を救ったとき、先生はわたしに言った。「責任を取らせてください」って。わたしの望み通りにしてくれるって言うなら、こんなお別れじゃなくて……。


 ぽろっと涙がこぼれる。

 そんなわたしを、カーリー先生がギュッと抱きしめてくれた。


「ごめんなさい、本当に! できればアタシだって、こんな形でお別れなんてさせたくなかった! でも、今じゃなきゃダメなのよ。風の精霊様も協力してくれてる、今しかチャンスはないの。アスナちゃんをこれ以上傷つけないために、兄さんもジェロニモちゃんも必死なのよ……」

「わたしを、傷つけないため……?」

「ええ。兄さんから手紙を預かってるわ。これを読んだら、出発しましょう」


 カーリー先生が取り出したのは、高級そうだけど上品でシンプルな封筒だった。

 開くと、中には先生の綺麗な筆跡で言葉が綴られていた。



『親愛なるアスナさんへ


 何よりもまず、アスナさんの体の具合が回復したこと、心から安堵しています。

 そして、こんな形でしかお別れできないことを、どうか許してください。


 あなたの元気な笑顔をもう見ることができないと思うと、とても寂しく感じます。

 ですが、ご家族の下へ帰れるのですから、私にとっても喜ばしいことですね。


 どうか元の世界に戻られても、元気でいてください。

 たくさん勉強して、ご家族を大切にしてください。


 たしか、あなたの世界でも成人の節目は家族で祝うのでしたね。

 どうかその日を笑顔で迎えられますように。あなたならきっと立派な淑女になれます。


 あなたには幸せになってほしいのです。

 素敵な恋をして、愛を知ってください。

 新しい家族を作って、笑顔のあふれる家庭を築いてください。


 あなたの幸せを信じることで、私もまた幸せになれるでしょう。


  祈りと愛をこめて

  アルクレオ・ギズヴァイン  』




「アルクレオ先生……」


 しばらく泣いたら、わたしにも帰る決心がついた。

 ソーダさんに連れられて、わたしを家に帰してくれるっていう時の精霊の居場所まで行く。そこには、ひび割れた丸い鏡が置かれていた。


 驚いたことに、時の精霊はその鏡だった。

 わたしが説明しなくても、事情はぜんぶ知っているようで、後はもう送り帰すだけだと言われた。


『これが本当に最後のチャンスだよ。今を逃したら帰れない。心残りはもうない? ちゃんと帰りたいって願わないと、帰ることはできないよ』

「じゃあ、最後に、先生にメッセージを残したい。届けてもらえますか?」

「もちろんいいわよ。この箱に吹き込んでちょうだい。兄さん、きっと、喜ぶから……」


 わたしは差し出された箱に向かって声を吹き込んだ。


「先生……アルクレオさん。わたし、あなたのことを、愛しています。こんなこと言ったら、怒られるかもしれないけど。わたしの初恋は先生だったよ。さようなら。……大好き!」

「アスナちゃん……」

「きっと、届けてくださいね。お願い」

「ええ。絶対に、届けるわ」


 もう一度だけカーリー先生とギュッと抱き合って挨拶をして、わたしは元の世界に戻った。

 銀河みたいなキラキラした渦に吸い込まれて、気がついたら、いつもの通学路だった。


 わたしは、涙を拭いて、歩き出した。





 ◇ ◆ ◇




『拝啓先生へ


 アスナです。お元気ですか?

 わたしはあれから無事に家に帰り着き、大きな病気や怪我もなく元気な毎日を送っています。

 先生に言われたとおり、たくさん勉強をして、親孝行もしているし、やりたいことも見つけました。


 小学校で子どもたちに勉強を教えてもう十年になるでしょうか。この仕事は毎日が新しい発見の連続で、飽きることがありません。新しい子を迎えるのも、大きくなった子たちを見送るのも、とても楽しくてやりがいのある仕事です。


 先生はわたしに、新しい恋をして、結婚して子どもを育てて、幸せになりなさいって言いましたよね。素敵な出会いがなかったわけじゃありませんが、今は仕事のほうが楽しくて、結局まだひとりです。


 届くかどうかはわからないけれど、この手紙を伝書機に託します。本当は、今までにもたくさんの手紙を書いてきました。でも、結局は出せずに引き出しにしまい込んだままです。


 今回初めて手紙を出そうと思ったのは、そちらの世界への未練をようやく断ち切れたからです。もう、すれ違うひとの中に、先生の面影を探すのはやめにします。


 でも、夢の中でくらいは、先生のことを想っていてもいいですよね?



 この手紙が無事に届くことを祈って。

                                 かしこ』






失恋END『言の葉をかさねても』

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