突然のハプニング
「カーリー先生!」
エレベーターに乗り込むカーリー先生を呼び止める。先生は黙ってわたしにも乗るように手招きした。お店の一階、持ち帰り客のためのカウンターとレジの間で、カーリー先生は小声でわたしにささやいた。
「アンタも逃げ出してきたの?」
「違いますよ。だってカーリー先生、言うだけ言って出てっちゃうんだもん。わたしからも聞いていいですか?」
「いいわよ。……手短にね」
「アルクレオ先生は、今のところ普通に暮らしていけるんですよね? この前は急に倒れたけど……」
「多分、大丈夫よ。この前のことは原因不明だから、経過をよく見なくちゃいけないと思うけどね」
「それと、危険な薬って……」
カーリー先生は露骨に顔をしかめた。
「あれね。母さんは口止めされてて誰にもらったのか言わなかったけど、この国でそんなもの持ってるヤツと言えば……わかるでしょ?」
「わかる……今はいないアイツのことだよね……」
「そーよ」
あの酢飯〜〜〜!
「とにかく、兄さんについててあげて。アタシはもう、色々、兄さんとはこじれちゃってるから……」
「ふたりとも、お互いのこと大事に思ってるのに、そんなのって悲しい……。いつか、ちゃんと話をしてほしいな」
「アスナちゃん……」
ジャムの手がかりを探そうとして、三人でアル先生の家で作業したときも、ついさっきも、かなり仲良さそうな雰囲気だった。
色んなことですれ違いがあったとしても、お互いを思いやる気持ちがあるなら、きっと仲直りできると思うんだよ!
「そうね。そのうち、ね……」
「うん!」
カーリー先生をお店の外まで見送って、さぁ中に戻ろうとしたとき、わたしは急に襲ってきた痛みに悲鳴を上げた。
「アスナさん? ……どうしました!」
体中を撃ち抜かれたみたいな痛み。
今まで生きてきた中で、こんな痛みは経験したことがなかった。もう自分が立っているのか倒れているのかもわからないまま、わたしは泣きわめいて、痛みから逃げようと手足をバタつかせた。
「誰か、馬車かヴィークルを! 早く!」
「アスナちゃん! しっかりして!」
「誰かこの中に医療の心得のある方はいらっしゃいませんか? 早く、病院へ……!」
痛みの中に先生の声が聞こえてくる。
わたしの手を握ってくれる温かさを感じる。
「せん、せい……」
「アスナさん! どこが痛むんですか? すぐに車が来ますから」
「わか……な……」
「アスナさん、どうか意識をしっかり保ってください!」
痛みはだんだん薄らいできていた。
わたしは、どうにか頷いて、先生の手をギュッと握った。
でも、もう一度、もっと強い痛みが襲ってきて、わたしは今度こそ気を失った。
ふっと、気がついて目を開くと、真っ暗だった。
「夜……? やだ……」
どこにいるのかすらわからない。
体が動かない。
怖い。怖い……。
「いやっ……!」
「アスナさん、目が覚めましたか」
「先生! 先生、どこ……?」
頭を動かすこともできないわたしに、先生の優しい声が降ってくる。かすかな物音。すぐ近くにいてくれる、それだけで心がホッとする。
「明かりをつけていないのです。だから、暗いんですよ。今つけると、慣れていない目が痛むでしょうから、今日はこのまま眠るといいでしょう」
「わたし、倒れたんですよね……?」
「ええ」
「どうして……」
「今は気にせず眠ってください。明日、ちゃんとお話しますから」
「ん……」
頭も体もとにかく重くて、今は何も考えられない。
先生にお礼を言わなくちゃ、そう思いながらもわたしの意識は落ちていった。
次に気がついたときも、まだ真っ暗な部屋の中だった。
寝かされているのはわかる。わたしが体を動かそうとすると、アルクレオ先生の声がした。
「アスナさん。まだ無理してはいけませんよ」
「アルクレオ先生……。わたし、もう、大丈夫です」
「いいえ、そんな訳ありませんよ」
先生の声が少し厳しくなる。
でも、フッとため息が聞こえて、苦笑混じりの声で先生が言った。
「私が言っても説得力がないのかもしれませんが、もう少し安静にしてください」
「……はい」
確かに、と思った。
ここにカーリー先生がいれば、きっとアル先生をいつもの調子で叱ったんだろうなぁ。
そう思うと、少しおかしくて。
自然と笑ってしまっていた。
「……あなたの手に、触れてもいいですか?」
「えっ。は、はい、どうぞ」
「では」
そう言って、先生はわたしの右手を取った。
まるで、自分の腕が自分のものじゃないみたい。そんな非現実感。でも、先生の手の温もりは感じられた。
わたしの手をすくい上げるようにして上に持ち上げて、先生はそれを自分の頬に当てた……と、思う。
「先生……」
「きっと、すぐによくなります。だから、しっかり休んでください。私が、側にいますから」
「先生……! ありがとう、ございます」
「いいえ、気にしなくていいんですよ。さぁ、ほら、目を閉じて。もう少しだけ、ゆっくりしましょう」
「はい……」
優しい声に守られて、わたしはまた眠りに落ちていった。
シャリアディース「良かれと思ってのことだよ?」
うるせぇ(’-’*)♪




