カーリー先生とお茶を
朝、ドーナツさんから「これから出発する」と喜びのメッセージが届いた。わたしは「いってらっしゃい」と返信して、伝書機を窓から飛ばす。よく晴れた、いい一日になりそう。
カーリー先生とアルクレオ先生を何とかお話させたいと思ったわたしは、今日の放課後にお茶会をセッティングすることにした。これはキャンディの発案。アルクレオ先生は紅茶が好きだし、カーリー先生は甘いものが好きだから。
「お父様から預かっていたものが役に立つわ」
キャンディがわたしにくれたのは、あの人気カフェのチケットだった。これ一枚でひと部屋貸してもらえて、お茶とケーキのセットが五人まで無料で食べられるんだって!
「いいの!?」
「ええ。ご機嫌取りのチケットだもの」
「ココとキャルが泣かない?」
「その分は、またもらってくるからいいわよ」
「ありがとう!」
わたしは素直に受け取っておく。キャンディに「アガレットさんにお礼言っといてね」って言ったら、鼻で笑われたけど。
そして、キャンディのアイデアは大当たりで、さっそく放課後四人でお茶することになったんだ。
「今日はお招きアリガト~~~~! アタシってば甘い物に目がなくってぇ! ここにも一度は食べに来たいなって思ってたんだけど、なかなか時間が取れなくってね~。それにぃこの女の子たちの行列にひとりで並ぶのは心細いっていうか~、まぁそんなことないんだけどね~~!」
「カール、茶葉と温度はこちらで勝手に選びますね」
「それにしてもアスナちゃんから伝書機もらったときは驚いちゃったわ~! 休憩時間中に飛ばしてくるなんて、アンタもこっちの世界にずいぶん馴染んだのね! まるで学園の女の子たちみたいじゃないのぉ。やっぱ女の子同士溶け込むのも早いのね~。でもでも、兄さんが来るなんて思わなかったわ! 確かに手紙にはそう書いてあったけど、兄さんこういう場所好きじゃないと思ってたし! で、聞きたいことってなに?」
せ、先生とゼリーさんの動じなさがすごい……!
わたしまだ部屋に入って「こんにちは、カーリー先生」って言っただけなんだけど。
先に部屋にいたカーリー先生が立ち上がっておしゃべりしている間に、アル先生はわたしを席に座らせて、メニュー表見て、ベルを鳴らして店員さん呼んで、お茶とケーキを注文していた。ゼリーさんは前回と違って席に座ってだんまり。平然としてる。
でも、わたしはそこまで慣れてな~~~い!
心の準備ができていないわたしに代わって、先生が口を開く。
「質問の前に、カール、あなたに謝らなければなりません」
「やだ……なによ」
カーリー先生は口だけじゃなく、全身で「イヤ」と言っている。それに構わず、先生は続けた。
「昨日の魔力測定ですが、計器が故障する前に私の結果は出ていたんです。私の魔力はゼロだと言われました」
「やだぁ、何かの間違いじゃないのぉ?」
「あなたは前にもそう言いましたよね、カール。あの医者の言葉は、正しいと思います」
最初、軽い感じで誤魔化そうとしていたカーリー先生も、アル先生が重ねて言うと、大きなため息を吐いて言う。
「昨日に限って、新参者のドクターだったから……」
「やはりカールは知っているのですね。私も薄々、何かおかしいと感じてはいました。今ここで、それらを打ち明けてはもらえませんか? どの文献をあたっても、魔力のない人間の例を見つけられないのです」
「ちょっと兄さん、聞き捨てならないんだけど、昨日の今日でどんだけ調べてんのよ! ちゃんと寝たの?」
ハッ!
本当だ、先生ってば、いったいどこにそんな調べ物をする時間があったワケ!?
わたしとカーリー先生がじっと見つめると、アル先生は素知らぬ顔して紅茶を口に運んだ。
「ジェロニモちゃん!?」
「………」
「言わなくていいから頷くか首振って。兄さんちゃんと寝た?」
ゼリーさんは黙って首を横に振った。
「ジェロニモ、あなたはどちらの味方なんですか」
「今のは先生が悪いと思います!」
「そーよ、そーよ!」
「カール。誤魔化さずにさっさと答えてください。わたしの睡眠時間は小分けにして確保してあるので気にしなくていいです」
「なによ、せっかく明るい雰囲気になったのに。…………ホントに聞くの? 知らなくていいことだって、世の中にはあるのよ?」
カーリー先生の暗い声にドキッとする。
でも、アル先生自身のことなんだもん、知らなくていいことなんてないと思う。
「話してください。私は自分が果たして生きているのかどうか、人間なのかどうかもわからないままなのですよ」
「兄さんは人間よ。アタシの兄で、あの人たちの子で、一緒に生まれてきたの。それは確かよ。……わかったわ、じゃあ、お茶でも飲んでリラックスしながら聞いてちょうだい」
そう言って、カーリー先生は話し始めた。
「アタシが五歳のとき、兄さんのフリして魔力測定を受けてくるよう言われたわ。そのときには誰も何も説明してくれなかった。だから、兄さんの魔力がゼロって話は、立ち聞きしてて偶然知ったのよ。
詳しい話を知ったのはもっと大きくなってから。アタシが高熱を出して寝込んだとき、兄さんも同じく寝込んだときがあったわよね? あれがキッカケだったのよ」
カーリー先生はカップのお茶をグッと飲み干して、ゼリーさんにおかわりをお願いした。アル先生は心当りがありそうな、なさそうな顔をしている。
「兄さんは熱出すことが多かったじゃない? でも、揃ってぶっ倒れたのは一回だけよ。そのとき言われたの、アタシが倒れると兄さんも倒れる、アタシが死ぬと兄さんも死ぬって」
「……それは、なぜ?」
そうだよ、どうして?
「アタシたちが産まれる前、心音はひとつしか聞こえてこなかった。お腹の中にいたふたりのうち、ひとりはもう、ダメかもしれないって聞いて母さん泣いちゃったんですって。どうにかして子どもを助けたくて、危険な薬を飲んだの。父さんにナイショでね……」
「…………」
「産まれてきたアタシたちは健康そのもので、母さんはホッとしたんですって。でも、魔力を測ったとき、その異常に気がついた。何度測定しても結果は同じ……兄さんの魔力はゼロだった。
お祖父様は、兄さんの魂がどっかで誰かと繋がってるから、魔力を共有してて、それで生きていけるんじゃないかと言ってた。そして、それがアタシなんじゃないかって気づいたのよ。お祖父様は言ったわ、兄さんを死なせないために、アタシは気をつけなきゃいけない、って」
「そんな、ことが……」
「アタシ、もう行くわね」
「カール?」
「すぐには信じられないでしょ? だから、ゆっくりでいいし、父さんたちに確かめてもいいし……。とにかく、ちゃんと話したから。じゃあね」
カーリー先生は手を振って、エレベーターの方へ歩いていってしまった。わたしは……カーリー先生を追いかけた。




