自覚の問題
部屋に戻ったわたしは、エクレア先生のことを考えていた。
魔力がゼロだということ、それを隠そうとした先生の家族、そしてカーリー先生とのケンカ。
わたしには、知らなくちゃいけないことがまだたくさんあると思う。
まずはカーリー先生のこと。
カーリー先生はきっと、エクレア先生のことを大好きだと思うんだ。エクレア先生が考えてる以上にね。
先生の魔力がゼロだっていうことについても知ってるだろうし、ちゃんと話し合えば今まで抱えてきたモヤモヤも晴れてくれないかなって思ったりする。一度、ちゃんと話を聞いてみたい。
「問題は、ひとりで聞きに行くか、先生と一緒に行くかだよね~。先生が一緒だと、素直に話してくれるかなぁ」
「何をブツブツ言っているの?」
「キャンディ!」
いつの間にか後ろにキャンディが立っていた。蜂蜜くんが出て行ってしまってから、わたしはお願いしてキャンディと同室にさせてもらってるんだよね。
「先生のことで、ちょっとね」
「カーリー先生とお話しするなら、アポを取った方がいいわよ」
「えっ、なんでわかるの!?」
「……アルクレオ先生のことが気になっているんでしょう? そうなれば当然、あのご兄弟の不仲について目にしたり耳にしたりするもの。アスナならきっと、解決したいと動き出すに決まってると思って」
「あはは、当たり。そんなに有名な話なの?」
キャンディはベッドに腰かけながら頷いた。
「私にとっては、正直、昔聞いたことがあるというだけなんだけれど、どちらが爵位を相続するかで相当もめたらしいわ。それも他の家も巻き込んで。あのご兄弟に今も婚約者がいないのは、まだその話に決着がついていないからだそうよ」
「そんなにもめたの? それに、婚約者って?」
「王を支える家柄ですもの、子がいなければ養子を取ってでも引き継いでいくべきものよ。ギズヴァイン卿のお家にはふたりもいらっしゃるんですもの、当然、結婚してどちらかが引き継ぐでしょう」
「結婚……」
当然だと言われて文化の違いにビックリする気持ちと、先生に婚約者がいないことに対するホッとした気持ち、そして、もし先生とそういう関係になったとしたら結婚して家を継がなきゃいけないんだ、っていう漠然とした不安が一気に押し寄せてきて、わたしはきっと変な顔をしていたと思う。
キャンディは首を傾げながらわたしを気遣ってくれた。
「どうしたの?」
「ううん、ちょっと……文化の違いに驚いちゃって。やっぱ、結婚して家を継ぐのが当たり前なのかな?」
「そうね……。それぞれじゃないかしら? 言う人は言うし、言わない人は言わないもの。私の家の場合、私がお兄様と結婚する予定になっているから、養子縁組をして家を存続させることになるわね。すでにお相手も決まっているし。…………でも、私は……」
「キャンディ、ごめん! そんなつもりじゃなかったの!」
キャンディは顔を上げてにっこり笑った。
「大丈夫、わかってるわ」
「それでもごめん! 傷つけたことに変わりない」
「本当にいいの。でも、ひとつ教えて。アスナの世界ではどうなの? 私たちみたいな、異性を愛せない人間はどんな風に思われているの?」
キャンディは女の子が好き。
最初は冗談かと思ってたけど、本気の本気でそうなの。それに、ジャムとの婚約も形だけのもので、お互いに「結婚は無理」ってことでふたりの中では話がついてる。わたしはそれでいいと思ってる。
「わたしは、そういう愛の形は悪いことじゃないよって学校で教わったよ。だから、それを打ち明けられたら、そうなんだなぁって思う。でも言い出せない子もいるし、知られたくない子もいるから、無理に聞いたらダメなの。家を継ぐっていう考えは、あんまりないかな。わたしの家はキャンディや先生の家とは違うしね」
「そう……。いいわね。アスナの世界は」
「そう? 嫌な部分もいっぱいあるよ」
「それでもよ。でも、アスナがそういう考えで良かったわ。ちょっとお話しただけだけど、カーリー先生も型破りな方でしょう? 正直、アルクレオ先生とはかなり相性が悪いハズ。本来なら会話にならないでしょうけど、アスナが間に入れば、おふたりも腹を割って話ができるかもしれないわ」
「そっか。ありがと、キャンディ!」
「いいえ。それより、早く寝なさいな」
「は〜い。あ、あとひとつだけ聞いてもいい? 貴族の社会って、魔力が低いとダメ?」
キャンディはキョトンとした顔になったけど、すぐに表情を曇らせた。
「ダメ……ではないわよ。ただ、魔力を使う機会って、結構頻繁にあるのよね。今回みたいに、魔力を募ったりもするし……。だから、そうね。言うなれば、能力の高さだけでも、魔力の高さだけでもダメなのが、貴族社会の窮屈なところ、かしら?」
「ふ〜ん」
つまり、ダメってことね。
回りくど〜い。
「わ、私の考えじゃなくってよ!?」
「わかってるけど〜」
「それより、明日、お兄様を捜索するヴィークル隊が出るんですって。昨日、今日、アスナがたくさん魔力を供給してくれたからよ」
「そうなのかな? わたし、学園のと病院のに触っただけだよ?」
「魔力球の魔力はセンターに送れるようになってるから、余剰分が溜まったんだわ、きっと」
「そっか。ジャム、早く見つかるといいなぁ」
「そうよね。アスナにとっては、愛しのアルクレオ先生のためでもあるわけだし?」
「ちょ、ちょっと! 何言ってんの、キャンディ!?」
「おほほほほ、おやすみなさいませ!」
キャンディは意地悪く笑って、先にベッドに潜り込んだ。わたしも反対側からシーツに足を滑り込ませた。
愛しの、アルクレオ先生……。
まったく、キャンディったら。そんなんじゃ、ないのに。
わたしは寝る前に先生のステータスを開いた。
これはあくまで、明日のための下調べで、やましいことなんかない。そう、何もやましくなんかない!
◎エクレア先生
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【名前】アルクレオ・ギズヴァイン
【性別】男
【年齢】18
【所属】ジルヴェスト国
【職業】宮廷規律師範
【適性】教師
【技能】《情報収集》《分析》◆この項目は隠蔽されています◆
【属性】真面目
【備考】結界のことを知らなかった・双子の弟(カーリー先生)がいる
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☆『双子の弟と仲が悪い』
☆『魔力がない』
☆
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星が、開けるところが増えてる。
それはまるで、先生がわたしに心を開いてくれているみたいに思えて胸が熱くなる。
それと同時に、『魔力がない』と断言されているのが気になった。
カーリー先生に会おう。
わたしの意志は決まった。




