約束
先生はカップを置いて、軽く指を組むと、落ち着いた声で話し始めた。
「私たちジルヴェストの国民にとって、魔力の多寡は非常に大きな意味を持ちます。日々の生活を便利にしてくれる魔工機械が、魔力で動くのですから、それも当然ですね」
確かに。
わたしが頷くのを見て、先生は話を進めた。
「国民の多くは、人生の節目に魔力値を測定します。幼少期は健康のため、魔力欠乏症になりやすいかどうかを測ります。そして次の機会は成人したとき。これは溜め込める魔力の上限値がだいたいこの年齢で定まるからです。
その後は人それぞれですが、やはり健康のためであったり、女性であれば妊娠や出産を機会に大きな変動がないか調べます」
なんだか健康診断みたいな話になってきた!
でも、これにも納得がいく。でも、先生はまだ測ったことがないって言ってなかったっけ?
「私の母は、この国にひとつしかない総合病院の経営者です」
「えっ! それって今朝行ったところ……」
「はい。とはいえ、亡き祖父とは違い、母には医者の資格はありませんから、経営だけですが。そんなわけですので、私たち兄弟はいつでも魔力値測定を受けることができる環境にあったのです。実際、測定は受けたのでしょう」
先生はそこで一度言葉を切った。
そうだよね、受けようと思えばいつでも受けられたハズ。それなのに先生は受けたことがないって言った。それは、物心ついてから、成人してからも受けた記憶がないから? でも、どうして?
「成人したとき、私も当然、魔力値測定をするものと思っていました。しかし、やんわりと止められました。必ず受けなくてはならないものではないのだから、と。そして、『今さらカールとの差を名実ともに明らかにすることもないだろう』とも」
「それって、どういう……」
「つまり、魔力が少ない私と、魔力の多いカール、その差をわざわざ数字に出して明らかにして私が劣っていることを見せつけなくてもいい、父はそう言いたかったんじゃないでしょうか」
はぁっ!?
なにそれ、失礼すぎる!
つまり「お前の魔力が低いことは知っているから、そんなの測定しなくたっていいだろ」って言いたいワケ? サイッテー!
「そんなのってひどすぎる!」
「小さい頃から、跡取りはカールと決まっていましたし、無いものは無いものと諦めていましたから、そこまでのショックはありませんでしたよ。でも、ありがとうございます」
「……もしかして、カーリー先生とあんまり仲良くないのって、このせいだったりする?」
双子に生まれたのに、一方には魔力がたくさんあって、もう一方には魔力が少ないなんて……。そういうの、魔力じゃなくても色んな形であるんだろうけど、親にそんな差別されたら、どうしたらいいの?
カーリー先生だってきっと、悲しかったに決まってる!
「魔力が直接の原因ではないのですが……。私は今までずっと、跡継ぎとなるカールを支えること、そして家のために働くことを目標として生きてきました。祖父に能力を見いだされ、祖父と同じ資格を取り、祖父の席をそのまま継ぎました。しかしカールは……」
「カーリー先生は、お花の先生になったんだよね」
「はい。私はそれに、両親以上に反対し、大喧嘩してしまったんです」
な、なるほど……。
これに関しては、カーリー先生にも言い分があるんだろうなぁ。
「話が逸れました。今はその辺の事情は置いておきましょう」
「あ、はい」
本題が他にあったんだ?
あれっ、話って、「魔力値を測ったことがないって言った理由」についてじゃなくて?
あ、そうか、「カーリー先生への返事を誤魔化したことについて」の話をしようとしてたのか! 機械の故障のせいだったとしても、魔力がゼロって結果が出たのに、それをわざと言わなかったのは……え、本当にどうしてなの?
「今回、改めて魔力値を測定してみて、私の魔力はゼロだと言われてしまいましたが、実は、前にもカールから同じようなことを言われているんです」
「えっ! カーリー先生、正確な魔力値がわかるの?」
「いいえ。おそらく、幼少期の私の測定結果を見るか聞くかしたんじゃないでしょうか。カールは一度だけ、父に成績のことで叱られたとき、私に言いました。
『兄さんの魔力がゼロだなんて、やっぱり何かの間違いじゃないの?』と。これは推測ですが、私の魔力値測定の結果を正しく出せなかったため、カールに私のフリをさせて、魔力値測定を受けさせ、結果を提出したのではないでしょうか」
「替え玉ってこと?」
「はい。双子だからできた不正でしょう」
「でも、どうして?」
わたしの質問に、先生は困ったように笑った。
「魔力がゼロだなんて、生き物であれば、絶対にありえないからですよ。少なくとも、今現在確認されている限りではそうです」
「でも、あれは計器の故障で……」
「故障したのは、私の測定結果が出た後でしたよ。あれを聞いて、私は今まで感じてきた些細な不自然さに得心がいきました。測定結果は正しかった、私には、魔力がないのです」
「先生……」
今朝、カーリー先生が息を切らしてまで走ってきたのは、この結果をエクレア先生には見せたくなかったならなんだね。必死だったんだね。だって、あんなにオシャレ好きで汗かいたり髪の毛が乱れたりするのを嫌がってたカーリー先生なのに。
でも、先生はもう知ってしまった。
自分の、秘密を。
「不思議、ですよね……。私は、どうして生きているんでしょうか」
「!」
「今朝までは、魔力が少ないだけだと思っていたんです。そう言われて、それを信じてきましたから。しかし、実際には違ったわけです。つい先日、死にかけたこともありますし、本当は、いつ死んでもおかしくないのかもしれません」
「死なないで!」
テーブルの上のカップが小さくない音を立てた。
「先生のことは、死なせない。先生がまた倒れたら、わたしがまた助けるから! だから、わたしと一緒に旅に出よう? 調べよう? ジャムが見つかったら、ヴィークルに乗ってギースレイヴンに行くって約束したでしょ、だから一緒に調べようよ。先生が安心して生きていける方法!」
「アスナさん……」
わたしは立ち上がって、先生の隣に移動した。驚きに目を見開いている先生の手を握って、目と口で訴える。
「お願い、わたしと一緒に、頑張ってください……!」
「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って、先生は笑ってくれた。
 




