疑問と不安
結局、血を採るのは本当に一滴くらいのもので、耳にプスッと針を刺して終わるものだった。何だか、理科の実験みたい?
でも、その前にやらなきゃいけなかった身長、体重の測定と問診がかなり長かった。先生の測定と並行してわたしの測定もしてたんだけど、本当に、やめとけばよかったかなと思うくらいに面倒だった。
「アルクレオ様の魔力ですが……、これは、なんと言っていいやら」
お医者さんが険しい顔になっている。
何? 何か良くないこと?
「何か気になることがありましたか? ぜひ、教えてください」
「いえ、おそらく間違いでしょう。魔力がゼロの人間など、いるわけがありませんからな」
な〜んだ、間違いかぁ。
ホッとしたけど、先生は何かを考え込んでいるみたいだった。
「先生?」
「はい、何でしょう」
「大丈夫ですか?」
そのとき、わたしたちの後ろでボンッと何かが爆発するような音がして、振り向いたら機械がブスブスと煙を上げていた。
「げーーっ、計器がぁ!」
助手っぽい人が頭を抱えている。
あれ、これって本当に爆発したんじゃない?
「申し訳ありません、どうやら計器がおかしかったようです。この一台しか機械がないものですから、今日中には再検査ができそうにありませんな。もし良ければ、修理が完了してからまた来ていただけないでしょうか」
お医者さんの言葉に、わたしと先生は頷くことしかできなかった。わたしたちが病院から出るのと同時に、まさに病院に飛び込もうとしていたカーリー先生と鉢合わせになる。
わたしたちを通せんぼするみたいに目の前に立ったカーリー先生は、息を切らしながら早口で言った。
「兄さんっ、魔力値測るって話どうなった? もう測った? 結果出たの!?」
「いいえ。それが、機械の故障で私たちふたりとも魔力の測定はできませんでした」
「あーーー! そう! そうなの! それじゃ、一緒に学園に向かいましょ! 急げば一限に間に合うわよ!」
返事も聞かずにわたしたちを馬車に詰め込むカーリー先生。先生たちの向かいに座りながら、わたしはさっきのカーリー先生の質問と、それに対するエクレア先生の答えを思い出して首をひねった。
確かに機械の故障でわたしの数値は測れなかった。でも、エクレア先生のは一応結果が出てたよね? もちろん、あの結果はおかしかったわけだから、さっきの答えでも問題ないハズ。
ただ、いつもの先生だったら、そこは省略せずに伝えたんじゃないかなって。だって、そのほうが正確だもん。それをあんな言い方するって、何かを誤魔化したいのかなって感じちゃう……。
エクレア先生の方を見ると、先生はイタズラが見つかった子どものように笑った。目が、「黙っていてほしい」って言ってる?
わたしはカーリー先生の止まらないおしゃべりを聞き流しながら、それがどういう意味を持つのかを考えていたけど、わたしにはわからなかった。
放課後、先生の研究室に行く。
遊びにおいでって言われたし、今朝のことも聞きたいと思ったから。
ドアをノックすると、先生の声がして内側からドアが開いた。
「こんにちは、先生」
「こんにちは、アスナさん。中へどうぞ」
「お邪魔します」
「それで、聞きたいのは今朝のことですね?」
わたしは咄嗟に答えが出なかった。
確かに気にはなっていたけど、先生に尋問するつもりなんてなかった。おしゃべりの中で、話題のひとつには上がるかなって思ってたけど。
わたしがここへ来たことが「それだけ」だなんて、そんな風に思われたくない。
それなのに、先生は……。
「アスナさん?」
「わたし、そういうつもりで来たわけじゃないです。確かにそれも聞きたかったけど……。出直してきますね!」
「待って! 待ってください……私が悪かったです。あなたにそんな顔をさせるつもりは、ありませんでした。どうか、許してください」
「…………」
くるりと踵を返したわたしの手を、先生が掴む。
思わずこぼれていた涙を拭って振り返ると、つらそうに眉を寄せる先生と目が合った。
「傷つくことを恐れるあまり、あなたを傷つけてしまうなんて、私は本当にどうしようもない人間です……。すべてお話するので、聞いてやってはくれませんか? もし、お嫌でなければ」
「……でも、聞いてほしくないことだったら……」
「はい。他の誰にも聞かせたくない話です。でも、あなたになら……あなたには聞いてほしいのです」
「…………」
コクンと頷くと、先生はホッとしたように笑った。
改めて中に招き入れられて、お茶をごちそうになる。お砂糖とミルクを入れて、ゆっくり口許に運ぶ。ふんわりと漂う優しい香りと温かさに、わたしの心もすっかり落ち着いた。
誰にも邪魔されない、ゆったりとした時間が流れる。
「さぁ、何から、話しましょうか。実は少し、迷っています」
「どこからでもいいですよ。わたし、何もわからないから、先生の話したい通りに、話してほしいです」
「わかりました。ありがとうございます」
先生はいつものように柔らかく微笑んだ。




