お茶会
その日はずっと先生と話してて、気がついたら寮の門限を過ぎてしまっていた。先生が寮に連絡してくれて、ついでに夕ご飯をごちそうになっちゃった。先生のよく行くお店で一緒にごはんを食べて、帰りは寮まで送ってもらって、なんかデートみたい。あ、もちろんゼリーさんも一緒だよ!
キャンディは意味ありげにわたしを見てきたけど、結局何も言わなかった。
不純異性交遊とかじゃないから! 先生とだから! セーフ! でしょ……?
次の日の放課後は招待されたお店に四人で向かった。
迎えの馬車まで来るなんて、すごく豪華!
「まったく……本っ当に仕方のないひとですこと!」
「まぁまぁ。せっかくだから乗っていこうよ、キャンディ」
待ち合わせ場所のカフェに入ると、すぐに店員さんがエレベーターに案内してくれた。ちょっと古いタイプみたいで、ドアの代わりに柵があるのがレトロおしゃれ。
六階につくと満面の笑みのアガレットさんが出迎えてくれた。
「やぁ、アスナくん! 来てくれて嬉しいよ、ありがとう」
「こんにちは、アガレットさん」
「さ、こっちへ。アスナくんはパルフェイドとは初対面だよね。パルフェイド、アスナくんが来てくれたよ!」
エレベーターを降りた先にはひと部屋しかなかった。すでにドアは開いていて、中には大きな丸いテーブルが見えている。きっと、奥の方にジャムのお父さんがいるんだ。なんか、ドキドキするな……。
「先生……」
「大丈夫ですよ、アスナさん。私たちがついていますから」
「うん……!」
背中に添えられた手に勇気をもらって、わたしは背筋をピンと伸ばして部屋に入っていった。
すると、そこに立っていたのは、まるで映画の世界から抜け出してきたみたいなイケメンのオジサマだった。オールバックにした髪の毛は赤錆色、瞳は澄んだ水色をしている。その色味と顔立ちがジャムを思い出させた。
「やぁ、私はパルフェイド、オースティアンの父親だ。君が異世界から来たアスナだね。アガレットから話は聞いている。今日、来てくれたことに心から感謝している。手に触れても?」
「はい。わたし、ジャム……オースティアンさんにお世話になっています、アスナ クサカです。よろしくお願いします。…………!」
握手するのかと思って差し出した手は、パルフェさんの厚くてガッシリした手に掬い取られて、そのまま整ったおひげの生えた口許に運ばれてしまった。
挨拶で手の甲にキスなんて、そんな、もう、イケメンすぎ!
悪戯っぽい水色の瞳から、目が離せなくなっちゃう……。
そのとき、誰かの咳払いが聞こえてきて、わたしは慌てて姿勢を正した。パルフェさんとの距離が離れる。
パルフェさんは、キャンディや先生にも挨拶をしていった。
「やぁ、キャンディス、こうしてゆっくり会う機会が取れてよかった。元気そうで何よりだ」
「先王陛下」
キャンディはスカートをちょんとつまんで可愛らしく礼をした。いいなぁ、わたしもああいうのやりたい。
パルフェさんはそれを手で合図してやめさせて、キャンディに優しく言う。
「前のように伯父様と呼んでくれないか。今日は政治を持ち込みたくないんだ。そのためにも、キャンディスにはアーシェイの娘としてではなく、キャンディスとしてここにいてほしい」
「あら、本当ですの? そういうことでしたら、普段のように振る舞わせていただきますわ。伯父様、本当に、無事でのお帰り喜ばしゅうございます! 先日はお顔を見せることしかできませんでしたもの。私、ちゃんと伯父様のお顔を、忘れず覚えておりましたのよ!」
キャンディは笑顔でパルフェさんに抱きついて、ギュッとしてもらっていた。そうそう、キャンディとジャムは従兄妹だったね。
「キャンディス、ありがとう。それに、アルクレオも、大きくなって……すっかり見違えたな。入院していたと聞いたが、顔色も悪くないし、ホッととした。カールも元気かな?」
「ありがとうございます、心配をおかけしてしまい、大変恐縮です。私も家族も、陛下の無事でのお帰りを信じて待っておりました。弟も立派に成人し、今は兄弟共々マリエ・プティで教鞭を執っております」
先生は優雅に胸に手を当ててサッと一礼していた。なんか、親戚のオジサンとのやり取りみたい。先生のお父さんはお城で大臣をしているし、先生のお祖父ちゃんは先生と同じ、王宮のマナー講師だったんだっけ。家族ぐるみでお付き合いがあったのかな?
先生とパルフェさんが並ぶと、ここがカフェってことを忘れちゃう。まるでお城の中みたい。そこへ、アガレットさんが手を叩いてわたしたちの注目を集めてから言う。
「それじゃ、いつまでも立ってないで席に着こうじゃないか。まずは無難にお茶と、一番人気のケーキを頼んであるからね! おかわりもぜひ頼んで。何なら軽食もあるよ!」
「アガレット」
「お父様」
こうしてお茶会がはじまった。お茶の席では、ゼリーさんが座らずひとり壁際に立ってたから、声をかけようとしたら本人からハンドサインで止められちゃった。
先生を見ると、やっぱり目で「このままで大丈夫」って言われた。何でだろうって不思議に思ったけど、そういえば、ゼリーさんのお仕事って先生のボディガードだったや!
なるほど、これもお仕事なんだね〜。
「アガレットさん、あの、ケーキって持ち帰りを頼めますか?」
「もちろんだよ。お友だちの分かい? 何なら寮生みんなに届けさせようか?」
「お父様!」
「えっ、怖い。なんだい、キャンディス」
「もうこのままずっと口を閉じていていただけませんこと?」
う〜ん、辛辣ぅ!
でも、アガレットさんが調子に乗ってることはよくわかる。
そんな感じで、最初は本題に触れずに、他愛ないおしゃべりから始まった。わたしとジャムの関係も、特に追求されなかった。あえて触れないようにしてるとか?
そして、ようやく辿り着いた話の本筋は、やっぱりエクレア先生の予想通り。
「ひとりの父親としてお願いしたい。アスナ、どうか、息子を捜索するために君の力を貸してほしい」
わたしの答えは、もちろんイエスだった。




