新しい家族
▶【オルさんとこっちの世界で生きていく】
「領主夫人! 走ってはいけません!」
「は〜い、すみませぇん……」
またしてもメイド長のライラさんに怒られてしまった。
でも、今回は見逃してほしいの。だって、久しぶりにオルさんが帰ってくるんだもん! わたしはライラさんが行ってしまってから、またコッソリ小走りして玄関へ向かった。
「おかえりなさい、オルさん!」
「ただいま、アスナ。今日はお客さんもいるぞ」
「キャンディ! 久しぶり〜〜! 元気してたぁ?」
「アスナ! アスナも……元気…………お腹が……」
抱きついてきたキャンディが、ハッとして離れて、急にテンション低くわたしのお腹をじっと見る。
キャンディと直接会ったのはもう四ヶ月くらい前かな?
そうなの、だいぶ目立ってきたんだよね〜。
「えへへ、安定期が来るまではと思って、誰にも言ってなかったんだ〜。キャンディが初めてだよ!」
「うぅっ……嬉しすぎて胸が激痛ですわ……涙が止まりません……!」
「ありがとう、キャンディ!」
「アスナぁ……」
「ははっ、仲がいいなぁ!」
オルさんはそう言って笑って、わたしを抱き寄せてキスをしてきた。キャンディがいるから、形だけね。さっそくお茶を淹れなくっちゃ。
半年前、わたしはこの世界に残る決断をした。
オルさんは元の世界に一緒に行こうって言ってくれたんだけど、わたし自身がこの世界の未来を見届けたいって思ったから。
結界をなくしてしまって、千年ぶりに外の世界との関わり始めたジルヴェストのことや、お父さんと再会したジャムのこと。
それから、おまんじゅうちゃんのことや、あの小さな王子さまのこと。こっちで出来た友だち、お世話になったお城の人たち……。
望んでやってきた世界じゃなかったけど、いつの間にかわたしには、自分だけの居場所ができていた。こっちの世界の皆のことも、家族や前からの友だちと同じくらい大事になってた。
だから、わたしはここでの未来を選んだの。
オルさんと一緒にジャムに報告に行ったら、ジャムはまるで自分のことのように喜んでくれた。すぐに国中に知らせを出して、わたしたちの結婚式を盛大に祝ってくれたの。
わたしは結局、学園を卒業せずにお嫁さんになっちゃった!
オルさんの実家で暮らしたのは、ほんの数日のことだった。マフィンさんは元々、あの家では暮らすつもりがなかったみたいで、ジャムのお父さんについて行っちゃった。
オルさんはわたしと結婚してすぐ、本格的にギースレイヴンとの窓口になっちゃって、騎士から貴族に昇進(?)した。同時に、あの王子さまからギースレイヴンに土地を与えられて領主さまになっちゃったんだよね。
オルさんてば、よほどクリームくんに気に入られたみたい。ギースレイヴンでも結婚祝いと領主の就任式で大きなパーティーを開いてもらった。
おかげで、わたしは何もわからないまま、この旧王都で領主夫人やってます。
お仕事はぜんぶ、王子さまの用意してくれたお役人さんがやってくれるんだけどね。時々、アイスくんがやってきて、オルさんと仕事の話や個人的な話をして帰っていく。今、王子さまは海に夢中で、まずはおまんじゅうちゃんと仲良くなろうと、色々計画してるんだって。
アイスくんはアイスくんで、ギースレイヴンに新しく作られた魔力省の大臣に任命されて、ジルヴェストとこっちを行ったり来たりと忙しくしてるみたい。この前、そんな手紙がジャムのお城にいる蜂蜜くんから届いたから。
そうそう、ジャムは今、婚約者選びに困ってるらしい。ギースレイヴンや他の国からの申込みが殺到してるとか。エクレア先生たちは相変わらず、学園やお城で教鞭を執ってるみたい。外交のルールやなんかはきっとお手の物だろうしね。
シャリアディースの行方は、結局掴めてない。
わたしのところへ時々ふらっと遊びに来る、風の精霊ソーダさんは、気にしなくていいって言ってくれてるけど……。
今でも、窓から海を眺めていると、キラキラ光る波の合間にあの氷のお城が見える気がする。あのお城のてっぺんで、ジャムによく似た男の子は、今も眠っているんだろうか。
「アスナ、夜風に当たりすぎると良くないぞ」
「オルさん」
「もう、ひとりだけの体じゃないんだからな」
「ん……」
オルさんは窓を閉めて、わたしに後ろから抱きついてきた。首筋に鼻がくっついて、少しくすぐったい。
「もう、くすぐったいよ〜」
「ごめん。でも、五日ぶりだからさ……もうちょっとだけ、こうさせてくれ」
笑いながら抗議すると、思ったよりも真剣な声色でオルさんが言うから、わたしは力を抜いてオルさんの腕をポンポンと叩いた。
「ごめんな。アスナに寂しい思いさせて。こっちに残るって言ってくれたとき、俺、ずっと側にいるって決めたのに……」
「そんな、お仕事なんだから仕方ないよ。それに、お腹に赤ちゃんが来てくれたってわかったとき、初めてのことだからあんまり遠出したくないって言ったのは、わたしの方だし」
「けど……」
オルさんはここに残るって決めたわたしにこう言ってくれたの。『家族や友だちを思い出して、泣きたくなる日がきっと来る。そのときは必ず俺が側にいて、アスナを抱きしめるから』って……。
「オルさんは約束を守ってくれてるよ。わたし、寂しくないよ。大丈夫」
「俺が寂しかった……!」
「も〜、オルさんってば」
「アスナ……、愛してる」
抱きしめる腕の強さと、わたしに回された手の角度が変わる。
顎を持ち上げられて、キスの予感に吐息が漏れた。
「わたしも、愛してる……オルさん」
「名前で」
「オールィド……。あっ……」
エメラルドグリーンの水鏡にわたしの顔が映っている。
でも、それも熱いキスの雨に掻き消されて、すぐに見えなくなってしまった。
こうして、オルさんに抱かれていると、何だか心がフワフワして、現実じゃないみたい。幸せな夢に溺れているような。
でも、お腹の鼓動が教えてくれるの。
これは夢じゃない、現実なんだって。
わたしは確かにこの世界へ落とされてから、家族を、友だちを、一度はすべて失ってしまったかもしれない。けど、今はもう独りきりじゃない。
わたしはそれを確かめるように、ギュッと抱きしめた。
二度と、なくさないように。
異世界ハッピーエンド!
『新しい家族』




