最後の選択
時の精霊、キョウと別れてから、わたしとオルさんはすぐには帰らずにしばらく散歩することにした。夜の草原は星の明かりに満ちていて、足元からは蛍みたいな光が舞い上がっていて、すごく幻想的だった。
「なんだか、この世のものとは思えない光景だなぁ」
「ホント、すっごく綺麗だね。それにしても意外なんだけど、オルさんたちも死後の世界を信じてるの?」
うちは代々、仏教徒のハズなんだけど、おばあちゃんの家にはお仏壇も神棚あるし、御札もあるし、よくわかんないんだよね。ちなみに、わたしの家にはどれもない。
「死後の世界って言うか……。死んだら、俺たちはまたこの世界に生まれてくるって言われてるんだ。だから、むしろ死んでも世界は変わらないんだよな。でも、ここは何かさ、俺たち人間が生きてる世界とは全然違う気がして……」
「ああ、それで、『この世のものとは思えない光景』っていうワケなのね」
「そうそう。アスナたちは、死んだ後に行くべき世界があるのか?」
「どうだろう。死んだあとは裁判があって、いいことをしたら天国に、悪いことをしたら地獄に行くって言われてるけど……そんなの信じてるのは、子どもかお年寄りくらいなんじゃないのかな」
「へぇ」
だいたい、世界には色んな宗教があって、信じたい人がそれを信じればいいんだと思うけどね。
オルさんは草むらにマントを敷いて座って、その隣をポンポンと手で叩いて笑った。
わたしのための空白。わたしたちはオルさんの肩に頭を載せるようにして体を寄せて、一緒に星空を見上げた。
「アスナ。俺さ、死んだらまたこの世界に生まれてきたいんだ」
オルさんは満天の星空を見上げて、子どもみたいに笑っていた。
「俺はジルヴェストが好きだ。陛下が好きで、陛下が愛してる国民が好きだ。剣を振るうことも、馬に乗ることも、騎士としての自分が好きだ」
オルさんの、オルさんらしい言葉。
わたしはそれを聞いて、胸があったかくなると同時にすごく痛くなった。
オルさんはこの国を愛してる。
ようやくお父さんとも会えて、ジャムを助けた功績を認められて。
でも、わたしがいると、わたしがいるから、
酷いことを言われるんだ……。
「…………」
「アスナ? アスナ、どうしたんだ?」
「ううん、何でもないの……」
「何でもないことないだろ? おいで。ほら……。何で泣いてるのか、聞いてもいいか……?」
涙がポロポロこぼれて止まらない。
オルさんはそんなわたしに気がついて、わたしをギュッと抱き寄せてくれた。
あったかい……優しい……
だからこそ、涙がもっと止まらなくなる……。
「わ、たし……、帰らなきゃ……。家族も、いるしっ……、友だちも……だから……ひとりでっ、帰らなきゃ……!」
「……帰りたい、じゃなくて、帰らなきゃなのか。どうしてだ? それに、ひとりで? 納得のいく答えを聞かなきゃ、このままアスナを離すことはできないな」
「だってぇ……!」
わたしの額に、耳に、オルさんのキスが降ってくる。
オルさんの、手袋を外した素肌の親指が、そっとわたしの目許を拭った。
「大丈夫だから。ゆっくりでいい、アスナの気持ちを聞かせてくれ」
わたしは、しゃくりあげながら、ゆっくりゆっくり話していった。
オルさんがわたしをジャムから奪ったって噂を聞いてしまったこと。わたしがいたら、オルさんの騎士としての立場をぐちゃぐちゃにしてしまうこと。
「わたし、やだっ……! オルさんの、邪魔になりたくない……!」
「邪魔になんかならないさ」
「でも、悪口……ひどいよぉ……! 皆、みんなキライ……」
「アスナ……」
子どもみたいに泣くわたしを、オルさんは抱きしめて、撫でてくれた。
「ありがとな。オレのために、泣いてくれて。怒ってくれて……。その気持ちだけで、オレはもう、大丈夫だ」
「でも……!」
「オレは何て言われたって構わないんだ。陛下や親父がちゃんと知っててくれれば、それでいい。でも、アスナが辛いなら、他の所で暮らす方がいいのかもしれないな」
「そんなの、ダメ! せっかくお父さんと会えたのに、また離れ離れになっちゃう!」
オルさんはジルヴェストにいるべきひと、そんなのわかりきってるのに。だから、わたしが……わたしから離れるべきなんだよ……。それしか、方法なんてないじゃない?
それなのに、オルさんはわたしを抱きしめて笑うの。
「また会えたんだから、いいんだよ! あのとき言えなかった言葉、ずっと聞けなかったこと、全部、アスナがいてくれたからぶつけることができた。もう、心が繋がったから、離れてても平気だ」
「オルさん……」
「陛下とのこともそうだ。俺が側にいても、いなくても、俺のことを騎士だって言ってくださった。俺が捧げた剣は、絶対に折れないよ。それが俺たちの絆だからな」
「……いいなぁ」
「ん?」
つい、そんな言葉がこぼれていた。
だって、羨ましいんだもん。わたしも、オルさんとそんな絆がほしいよ……。
後ろから抱きしめてくれているオルさんの腕にほっぺたを擦り寄せてみる。
「アスナ。何で俺がこんな話をしたか、わかるか?」
「え……。わかんない。わたしを、安心させるため?」
「俺はさ、色々言ったけど、アスナの側を離れるつもりはないんだ。アスナとの関係は、離れてちゃ成り立たない」
「それって……」
オルさんはわたしから体をずらして、真っすぐわたしを見つめた。いつものように、ニッと笑って。
「結婚しよう、アスナ」
「!」
「俺はアスナの隣で生きていきたい」
「オルさん……!」
「返事をくれるか、アスナ」
わたしの答えは、決まっていた。
「もちろん……喜んで!」
「よっしゃあ!」
「きゃっ!」
わたしはオルさんに抱き上げられた。
オルさんはそのまま立ち上がって、クルクルと回ると、また草原に倒れ込んだ。
「きゃ〜〜〜っ!」
「あっはっはっはー!」
「もうっ!」
笑いごとじゃないんだからね!
ふたりで笑って、キスして、抱き合って……。
これからのことを話しながら朝まで過ごした。
わたしたちの選んだ未来は……
▶【オルさんとこっちの世界で生きていく】
▷【オルさんと元の世界に帰る】
◎ドーナツさん
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【名前】オールィド・ドゥーンナッツ
【性別】男
【年齢】20
【所属】ジルヴェスト国
【職業】王の騎士
【適性】狂戦士
【技能】《馬術》《剣術》《交渉術》《護る者》
【属性】犬
【備考】父親であるマフィンさんとは和解した
☆ ☆ ☆
☆『五年前に父親が先王と共に旅先で消息を絶った』
☆『父親や他の騎士たちとの間に軋轢がある』
☆『精霊殺しの持ち主』
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エンディングはニ種類あります。
異世界エンドはすぐ次のページに。
現実エンドはその次のページに。
お好みのエンディングをお楽しみください。
次はエクレア先生、アルクレオのルートになります。一週間ほどお休みをいただき、連載していきたいと思います。ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。




