わたしの選ぶ道
オルさんとこれからの予定を詰めながら、馬車に揺られてマリエ・プティの寮まで帰ってきた。
「よし、それじゃ、また伝書機で連絡するな」
「うん、待ってる」
オルさんの手が伸びてきて、わたしは、また頭を撫でてくれるのかなと思った。
けど、その手は頭じゃなくて、わたしの顎先を撫でて持ち上げた。
「オルさん……?」
オルさんはすごく近い距離で一度顔を止めて、わたしの目を覗き込んできた。
ああ、そっか。
頭を撫でようとしてたんじゃなくて……。
わたしはそっと背伸びして、オルさんの唇に触れた。
ちゅっと音がして、一度離れて。そうしたら、オルさんのガッシリした腕に抱き寄せられて、さらに深いキスをされた。
舌をからめる大人のキス……。
最初は慣れない感触にビクッとしてしまった。恥ずかしくて逃げたくなるような、くすぐったさがあって。でも、本当に恋人同士になったんだっていう実感と嬉しさの方が勝った。
しばらくして、ちょっと息苦しくなってきたとき、オルさんの腕が緩んでわたしたちの唇が離れた。
少しだけ残念な気持ち……。
いやいやいや、どんだけキスするつもりなの、わたし! 恥ずかしいなぁ、もう!
「名残り惜しいけど、これ以上は離れられなくなるからな。続きは、また今度にしよう」
「えっ、あ、ハイ……」
「そのうち、アスナのすべてを拐って行く。そのときまでに、答えを出しておいてくれよな」
「えっ!?」
耳元でそうささやいて。
オルさんは「じゃあな!」と手を振って行ってしまった。わたしは、その場でボーッとしながら、オルさんの乗った馬車を見送ることしかできなかった。
「ケッ! なぁにが『すべてを拐って行く』ですか~、かっこつけがぁ!」
「蜜!」
どこから見てたのか、物陰から蜂蜜くんが顔だけ出してそう言った。
まったく、覗き見なんて趣味が悪いし、相変わらずオルさんのことが嫌いなんだから!
「この様子じゃ、噂はホントみたいですね。ったく、あんな狂犬のどこがいいんだか」
「ちょっと、やめてよ! ……ウワサって?」
「アイツが王さまの婚約者たぶらかして寝取ったって」
「ちょっと!」
「ボクに怒鳴らないでくださいよ~」
「だって……」
いくら何でもひどすぎる!
寝取ったって……まだそんな関係じゃないもん!!
「いくら王さまが否定しても、アスナさんのことはあの銀シャリ野郎が良いように言いふらしてましたからね~。それに、今のこの国じゃ、王妃になる資格を持つ女性が少ないんですよ~。アスナさんが王妃になってくれたらいいなぁって、ほとんど全員が思ってましたよ、実は」
「そんなぁ! それじゃ、オルさん、この国に居づらいんじゃ……」
「そうでしょうね~」
「そんな……」
まさか、そういう話になってたなんて……。
オルさんやジャムが知らなかったハズないよね。どうにかなるなんて、軽く考えてたのは、わたしだけ……?
「まあ、どうなるかはわかんないですけどね。しばらくすれば、落ち着くかもしれませんし~? それに、いっそギースレイヴンに移るって手もありますよ? 彼、あっちの国との窓口なんでしょう?」
「…………」
「だから、泣かないでくださいよ。まるでボクが泣かしたみたいじゃないですか……。大丈夫ですから……ね……?」
「ううう~~、蜜ぅ~~~~!」
「……はぁ。ボクっていつも貧乏クジ……」
涙がこぼれて止まらなくて、ワンワン泣くわたしを蜂蜜くんが抱きしめてヨシヨシしてくれた。
ゴメンね、世話やかせちゃって。でも、今はその優しさに甘えさせて……。
「それで、結局まだ何一つ決まってないんですね」
「そうなの」
寮の部屋でお茶しながら、わたしたちはお互いに今までのことを報告し合った。
蜂蜜くんはゼリーさんの村まで行こうとして、途中で魔力切れになりそうになって引き返したんだって。その後はキャンディと一緒に行動してたみたい。
「いいんじゃないですか? ギースレイヴンでゆっくりしてくれば。ボクも行きたいところですが、どうやら、結界があった範囲から外れるとダメみたいですね。王都が一番過ごしやすいんですよ」
「へぇ。結界消えたのに、魔力切れするなんて……。蜂蜜くんてば、魔力少なすぎない?」
「ほっといてクダサイ」
ようやくシャリアディースがいなくなって自由になったのに、この国からは出ていけないなんて、蜂蜜くんはツラいだろうなぁ。なんて思ってたけど、本人はそうでもないみたい。
「生活水準を考えると、この国はすごく恵まれてるんですよね~。新たな雇い主も見つけましたし、ボクはボクでやっていきますよ」
「そっか。よかったね」
「ええ。あ、そうそう、キャンディさんが出ていく話は聞きました? ボクも同時期に出ていくことになったので、送り出される側ではありますけど、お別れパーティーなるものを考えてるとこなんです」
「えっ!? 蜜っちゃんも出てくの!?」
「……ボク、これでも男なのでぇ。貰い手とかいませんからぁ」
「あ」
「忘れてやがりましたね、コンチクショウ」
ごっめん、すっかり忘れてた!
「まあ、そんなわけで……アスナさんも含めた三人のお別れパーティー、企画はこっちで進めておくので、予定決まったら教えますね。絶対参加ですよ」
「うん! ありがとう」
「帰るにしても、残るにしても、ちゃんと顔見てお別れしないと許さないですからね……クラスメートたちが」
「蜜っちゃんじゃないんかい!」
「ですよ。キャンディさんが特に許さないと思うんで」
「うん、わたしもそう思う」
「じゃあ、ちゃんとしなくちゃですね」
「うん」
「大いに悩むといいですよ」
「うん……寂しくなるね」
「皆、進路は別れるものですよ。クラスメートたちだって、結婚してしまえば、簡単には会えなくなるんですから」
「うん……そうだね」
わたしは、自分の世界にいる友だちのことを思い出していた。
電話で話したっきり、顔も見ずにこっちに来ちゃった。いつでも会えると信じてた。
あの朝、いきなりこの世界に連れてこられるまでは。
それはお父さん、お母さんも同じこと。
朝、挨拶して出て、それっきり。
わたしは、そろそろちゃんと選ばないといけない。
どっちの世界の未来を取るのかを。




