命の代償はファーストキス?
日常生活ではまず見ることはないだろうなぁという黒い甲冑姿の男の人が、砂埃を上げて広場に飛び込んできた。
何が凄いって、その鎧ですよ、俗に言うフルプレートってやつじゃないかなっ! 鎧が黒いから黒騎士ですかね?
あ、でもマントは深緑なんだ。そこは真紅とか漆黒とかにしておこうよ、せっかく黒騎士なんだしさ。
わたしはその若い騎士をじっと見た。
短く切られた髪の毛は焦げ茶色、眉は凛々しく、顎はシャープ。ペリドットみたいな瞳が、やっぱりここって異世界なんだなぁと思い出させる。耳にはマラカイトの棒が揺れていた。ピアスかな?
背が高い。
わたしが155センチだから、いくつかな、175から180センチくらいかな。ずっと見上げてたら首が痛くなりそう。
「で、異世界人ってどの子? きみ?」
「えっ」
違いますって言いたい。すごく。
その時、またもや電子音と共にポップするステータス。こんな状態でもお構いなしか! 迷惑だなステータス!
さっきはありがたがっていたクセにこの掌返しの早さである。掌クルーである。
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【名前】オールィド・ドゥーンナッツ
【性別】男
【年齢】20
【所属】ジルヴェスト国
【職業】宮廷騎士(若枝)
【適性】狂戦士
【技能】◆この項目は隠蔽されています◆
【属性】犬
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「連れて来いって言われてるんだ、早くしないと命に関わるってさ」
「はぁ……?」
いやいや、ちょっと意味わかんないよ。ってかこの人属性とか適正とか色々酷いよ? 狂戦士って何よ、狂戦士って!
「あの、待ってください。意味分からないし、ついていくつもりないです」
「えっ、困ったな。俺、怒られちゃうよ」
知らんがな。
「そもそもどうして、わたしを連れて行こうとするんですか。探してるのがわたしじゃなかったらどうするんです?」
「あー、……勘?」
だから知らんがな。聞くな。
「……魔力が枯渇すると、死んじゃうからだと、思う。彼は、この国の騎士だし」
「こっ、枯渇すると死んじゃうの!?」
「そうなの? うわ、大変じゃん」
何それ、一大事じゃないの!
というか、お前が言うのか、犬! 知ってて連れに来たんじゃないのか、犬!!
「どうしよう! どうすればいい?」
「それは……」
重要な情報を教えてくれたアイスくんは、魔力がなくなったらどうなるかだけでなく、魔力の回復方法も知っているみたいだ。
わたしが肩をわし掴みにする勢いで詰め寄ると、アイスくんは気まずそうに言い淀んだ。視線をうろうろさまよわせて、口を開けたり閉じたりしていたけれど、意を決したようにわたしを見ると、何だか信じられないようなことを言い出した。
「その、キス……で魔力を分け与えられるんだ……」
「!!」
なんですと!?
今どきそんなベッタベタな展開があってたまるか、いや、たまにあるけれども!!
でも、そんなの、そんなの、そんなのダメだよ!
だってわたし、初めてなんだもん!!
「やだ! 絶対やだー!!」
「でも、他に方法なんて……」
「どうして!? そんなのっておかしいよ……!」
「…………」
「あ、ごめん」
「いえ……」
わたしは急に気づいた。
この状況、べつにアイスくんのせいじゃないじゃん。
この子が魔力の回復手段としてキスを設定したわけじゃない、だろう。あんなに言いにくそうにしながらも答えてくれたのは、わたしのことを思ってくれたからなんじゃないかな。
そんなアイスくんに噛みつくなんて、八つ当たりだよ、これじゃ。
「ごめん、びっくりして取り乱した。アイスくんは悪くないのにね。ホントにごめんなさい!」
「き、気にしないで……。急にこんな事になって、冷静でなんか、いられないよね」
「ありがとう……」
ん? なんか引っ掛かるような……?
「よし、俺ちょっと探してくる!!」
「えっ、何を?」
「じゃあな! また後で!!」
「ちょっとー!」
犬騎士さんは爽やかに歯を見せて笑うと、来たときと同じようにすごいスピードで広場を走り抜けて行ってしまった。
「なにあれ……」
「あの!」
「うん?」
「貴女、さっきから僕のこと……」
「ああ、アイスくんって呼んじゃってるね。もしかして嫌だった? それだったらごめんね」
「いえ、そうじゃなくて。どうして……知ってるんですか、僕の名前……」
「え?」
やば……もしかして、ステータスって他の人には見られないのかな? ひょっとしなくてもマズイこと言っちゃったかな!?
「……あ、あはは、なんでかな? 頭の色がアイスに似てたからかな? ごめんね~。もしかして、名前、アイスってつくの?」
「………………」
「………………」
う、上手く誤魔化せたかな? 苦しかったかな?
「まぁ、いいか……。僕の名前はアイスシュークです。貴女の名前は?」
「明日菜だよ」
「アスナさん……」
その時、いきなりラッパの音がけたたましく鳴り響いた。
「きゃっ!」
びっくりした!
いきなり広場に馬が走り込んでくるんだもん。馬なんてこんな間近で見たの、幼稚園ぶりだよ、むしろ写真の中の思い出の一ページすぎて記憶にないよ!
額に白い星みたいな部分がある灰色の馬と、同じく額に星を抱いた黒い馬、その二頭が先に立って茶色の馬を十頭も引き連れてきていた。
目立つ馬には目立つ騎手、そのふたりは他の騎兵隊みたいな人たちとは制服が違った。かといって犬騎士ドゥーン……? ドー……ナッツ?
まぁ、いいや。ドーナツさんとも違う格好をしている。二人一組で制服とか。警察かな。
「ねぇ、アイスくん……あれっ?」
いつのまにか、隣に立っていたはずの彼はいなくなっていた。