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本日、2話目の更新になります。
順番にお気をつけください。
▶【聞く】
わたしは……。
オルさんの気持ちが、聞きたい。
「オルさん、ねぇ、ひとつ聞かせて。わたしのこと、どう、思ってる?」
「え?」
オルさんは、予想外の質問をされたせいか、驚いた顔をしていた。
その反応すら、今のわたしの心には痛い……。
わたしはツラい気持ちに負けずに続けた。
「わたしは、オルさんのことが好き」
「アスナ」
「もちろん、お兄さんとしてじゃないよ? ひとりの男性として、オルさんのことが好きなの! オルさんはどう? 少しでも、わたしのこと、好き……?」
「アスナ……」
「わたしたち、そういう雰囲気になったこと、あったよね? それも、一度じゃないよね。ねぇ、それもわたしの勘違い? あのとき、ホントは、どんな気持ちだったの?」
「…………」
「答えてよ! オルさん!」
わたしは流れる涙もそのままに、オルさんをじっと見つめていた。オルさんの言葉ひとつ、表情の変化ひとつ、見逃さないように。
オルさんは苦しそうな顔で、わたしから視線を逸してどこか足元を眺めている。
こっちを見てもくれないその態度に、わたしは、やっぱり迷惑だったのかと心が沈んだ。
「もう、いいよ……。さよなら」
「アスナ、俺は……! アスナを大切に思う気持ちに、今も変わりはない。俺だってアスナが好きだ!」
クルリと背を向けて歩き出したわたしの背中に、オルさんの言葉が突き刺さる。「好きだ」と、それだけでわたしの胸は甘く痛む。でも、その「好き」はどんな「好き」なの?
足は留めても振り向かないわたしに、オルさんは続けた。
「けど、俺はアスナに相応しくない。アスナがいるべき場所は、陛下の隣なんだ」
「どうして!」
わたしは思わず振り返って叫んでいた。エメラルドグリーンの瞳が、わたしをじっと見つめている。視線を逸らしたのは、今度は、わたしの方だった……。
「どうしてよ……。ジャムは、わたしに無理強いなんてしない……好きにしていいって、言ってくれてたのに……。一緒に、逃げてくれるって言ったのは、嘘だったの? わたしがホントに嫌なら、逃げてくれるって、言ったじゃない! 俺を頼れ、って、言ったじゃん…………」
どうしてそのオルさんが、他の皆みたいに、わたしにジャムの隣に立てって、結婚しろって言うの…………。
「あのときと今とじゃ、状況が違う。あの頃はまだ、アスナはただの婚約者候補だった。けど、ギースレイヴンに渡って、向こうの王族と親交を結んで……氷の城から陛下を助け出して……アスナはもう、このジルヴェストの中心まで来てしまったんだ」
「ナニソレ……意味わかんない……」
「国民全員が、アスナに期待してるんだ。陛下の横に立って、陛下を支えてほしいって。アスナは、この国を照らす光だ。俺たちの、王妃となる人物なんだ、って」
「嫌よ!」
冗談じゃない!
勝手に期待しないで! 勝手に祭り上げないで!
わたしはわたし、自分のことは自分で決める!
「どうしてそんなこと言うの? やめてよ! 勝手に決めないで! わたしは、わたしが好きなのは、オルさんだもん! ジャムのことは仕方がなかったのよ! だって、見捨てられないもん、そうでしょ? それに、助けてほしいって言ったのは、オルさんじゃない! オルさんの、頼みだから、わたしは…………こんなことになるなんて、思ってなかった……」
こんなことになるなら、わたし、戻ってこなかったよ……。
「嫌だよ……わたし……! 王妃になんてなりたくない! 結婚なんかしない! ……逃げてよ。一緒に逃げてよ! さっき、そう言ってくれたよね? 別の場所で、ふたりで、やり直そうよ…………オルさん!」
「アスナ……」
「わたし、ちゃんと言うこと聞いたじゃない……。ジャムのこと、助けたじゃない! だから、だから今度は、わたしを……」
「ダメだ」
「!」
心に、氷の棘が、刺さった気がした……。
「え……?」
「そういう意味でなら、一緒には行けない。アスナを元の世界に送り返すってことなら、喜んで協力する。けど、この世界に留まるつもりなら、俺はアスナとは行けない」
「どう……して……」
「言ったろ? この国の民、全員が、アスナを王妃に迎えたがってるって。それには俺も含まれてる。俺も、アスナに王妃になってほしい」
「わ、わたしより、国が大事なの!?」
オルさんは、その場でわたしに向かって跪いた。
胸に手を当てて、騎士の礼で。
やめて……やめてよ……。
そんなの、まるで…………それが、答えみたいじゃない!
わたしの気持ち、知ってるクセに!
「アスナ、貴女に忠誠を」
「やめて……」
「貴女は、俺が命をかけて守ろう。俺は貴女の命令で生き、貴女の命令で死のう。どうか、この俺を、貴女の側に」
「やめて……!」
「俺の愛しい、妃殿下……」
「!」
悲鳴にすら、ならなかった。
わたしは泣きながら、走って逃げ出した。
バラ園を通り抜けて、城の中庭まで。開っぱなしのバルコニーの窓から、中へと駆け込む。そんなわたしを見て、城の使用人たちは急いで道を開けた。
「ジャム!」
「アスナ……?」
飛び込んだジャムの執務室には、ジャムの他にも何人かがいて仕事をしていた。わたしはそれに構わず、机のそばに立っていたジャムに向かって、大股で歩いていった。
「いったいどうし……!」
ジャムを壁に向かって突き飛ばして、わたしは無理やりキスをした。少し高いジャムの唇めがけて。噛みつくように。歯と歯がぶつかって痛い。二度目のキスは、血の味がした。
「っ! アスナ、どうしたんだ? ちょっとおかしいぞ」
心配そうに見下ろしてくる青い瞳……。
でも、それは今、わたしが一番憎たらしいものだった。
わたしはジャムを睨みつけた。
「抱いて」
「……なに?」
「抱いてよ。今すぐ! できないの? できないんだったら、わたし、ここから出ていくから!」
わたしが本気だとわかったのか、ジャムは見たことないような厳しい顔をした。澄んだロイヤルブルーに暗く陰が落ちる。
「……オレは、何があったかなんて尋ねない。抱けと言うなら抱くが、その代わり、途中で泣いて嫌がってもやめないからな」
「それでいい! もう……いいから……めちゃくちゃにして……!」
ジャムの唇が降り注ぐ雨のようにわたしの瞼や、頬や、首筋に落ちてくる。ジャムのシャツを握りしめていた手をゆっくりほどかれて、わたしは、乱暴に物が払いのけられた机に押し倒された。
「愛してる、アスナ。必ず、オレが幸せにしてやる」
「うん。わたしも、ジャムがわたしを愛してくれてる間は、ジャムだけを愛するよ……」
「アスナ……!」
何もかも、ぜんぶ、めちゃくちゃになってしまえばいいと思った。
酷くしてと頼んだのに、触れてくるジャムのすべてが優しくて、わたしは泣き出してしまった。
すべてを投げ出して、バラバラの欠片になったわたしの心を拾い集めてくれたのも、ジャムだった。
ゆっくりと。何年も、時間をかけて。
失恋エンド『憂い顔の王妃』




